【共依存を】恋愛幻想論シリーズ1・こじらせ男子が考えるメンヘラ女子の生態【考察】

目次

“こじらせ”と”メンヘラ”から恋愛幻想を紐解く

こじらせ男子はメンヘラ女子を増長させてしまう

ーーーーーイチロー(ミドサー/PA)

僕は30を過ぎて、所帯を持って、育児を行う過程で気付いたことがたくさんある。

冒頭のセリフもそんな真理の中の1つで、育児(特にイヤイヤ期の子供の世話)をしている中で幾度となく既視感(デジャブ?)に襲われた。

これはなんだ・・懐かしいこの感覚・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この”想いの届かなさ”(日常生活がこれほど難しいとは・・)

この”時間の潰されかた”(また保育園からの呼び出しか・・)

あざとさの中にある”全てを許してしまう愛しさ”(寝顔と笑顔マジ天使・・)

「あれ?これってメンヘラ女子と一緒じゃね?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

自分の過去の恋愛遍歴を振り返ると、付き合ったほとんどの子が”イヤイヤ期の子供”のような女子だったことに気付く。

(やべーなと自分でも思ったけど、だからこそ真摯に育児に向き合えていると思いたい)

それは多分”こじらせ男子”である自分にも要因があって、“甘やかすという事でしか好意の表現ができなかった”という至らなさに尽きると思う。

このままいくとうちの子供も”こじらせ”あるいは”メンヘラ”になってしまうのではとの危機感からこの文章を書いている。ざわざわ。

こじらせ男子がメンヘラ女子を呼ぶのか。

はたまたメンヘラ女子がこじらせ男子を作るのか。

あるいは恋愛自体が”メンヘラ”と”こじらせ”による”幻想”なのか。

このシリーズではその深淵なる謎に迫る。(ヒマか)

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!

コメント

コメント一覧 (4件)

コメントする

目次
閉じる