日本が生んだ世界的トラックメーカー・nujabesについて

音楽の話

ローファイ-ヒップホップの父・nujabesこと瀬場潤・山田淳について

こんばんわ。

今日はharukanakamuraの時にもちょっと書いたけど、僭越ながらnujabesについて書いてみようと思う。

自分は音楽をかける時、なーんにも思い浮かばないとSound Providersとかnujabesを選択することがすごく多い。

別に東京生まれでもないし、hip-hop育ちでもなく、友達に悪そうな奴もそんなにいないのだけれど、いつだって漠然とした愛情を頼りに文章を書いているし音楽をかける。

好きという気持ちの言語化はムズカシイ。未だにどうしていいかわからない。自分の場合好きの種類が多すぎるのも問題なのかもしれない。

何かにフルパワーで打ち込んでいる人間や、なにかを極めた人は素敵だしリスペクトもしているけれど、それでも成功の形は1種類ではないと確信もしている。

自分は頼りない”好き”を頼りにしてきた。これからもきっと多分そんな感じでやっていく。フワフワしていても文章を書きつづける。

まぁそんなワケなので今日は世界が認める”JAZZY HIP HOP”の生みの親・nujabesについてです。どんなワケやねん。

Nujabes(ヌジャベス、アーティスト名:瀬場 潤(せば じゅん)、本名:山田 淳(やまだ じゅん))は、東京都港区西麻布出身のDJ、ヒップホップのトラックメイカー、音楽プロデューサー。未婚。2010年代半ばより世界的なムーブメントとなった「ローファイ・ヒップホップ(Lo-Fi Hip Hop)」のルーツと言われており、世代や国籍を超えた幅広い層の音楽ファンに今も愛され続けている。

Wikipediaより

nujabesの過去・来歴・世界で評価される理由

nujabesは1999年。25歳の頃、自主制作のレコード会社として「Hydeout Productions」を開業します。

それまでは渋谷でレコードショップを経営したり(GUINNES RECORDS)レコードガイドブックにてライターとして活動するなどしていたnujabes。

自身のレコードショップに集まってきた同世代のトラックメーカーたちと関わりながら、自分も本格的に作曲活動をすることになる。

GUINNESS RECORDS

2004年に満を辞して自身のプロダクションから”nujabes”としてトラックのリリースを開始。

プローモションや宣伝などに全く力を注がなかったにも関わらず、その作品の完成度の高さから口コミのみで界隈にその名が轟く様になる。

nujabes自身が自分を”瀬場潤”だと明かさなかったことから、国内外問わずnujabesが日本人であることを知らなかったファンも非常に多かったしそんなミステリアスな部分も魅力的だった。

(ちなみに”nujabes”を逆さまにした”瀬場潤”名義でライター活動を行なっていた。実際のnujabesの本名は山田淳である)

nujabesのサウンドの特徴として顕著なのが「ローファイさ」と「生楽器感」だと思う。

2000年代初頭のトラックはエレクトリックな物をフューチャーしたハイファイなサウンドが主流だったこともあって、nujabesの生々しいサウンドで構成される叙情的なメロディのトラックはメインストリームに迎合しない硬派なカッコ良さがあった。

スネアの音とか割れてるのよ。

ホーンのエアーノイズとかすごい入ってるのよ。

でももうそんなの関係ねぇ!って自分の中の小島よしおがひょっこり顔を出すくらいローファイなサウンドが構成するトラック群は、2021年現在に聴いてみても普遍的なカッコよさを放っている。

nujabesの紹介文でよくある”JAZZY HIP HOP”っていうのは、その名の通りjazzとhip-hopを融合させた様なジャンルのことで、最近まで世界を席巻していた”Lo-fi HIPHOPムーブメント”の出発点だった。

この辺がnujabesが幾度となく再評価されている理由なんだと思う。

簡単にいうとnujabesの作っていたhip-hopのルーツは黒人音楽の流れで発達したソレとは異なり、リズムのエッジが効いていて、ボーカルとメロディを重視した物になっている。

この辺は本当聴いてもらった方が手っ取り早い。hip-hopというジャンルに抵抗があるって人ほどに聴いてほしいアーティストだったりする。本当に本当にオススメ。

the japan timesより

nujabesが海外で広く評価されるキッカケになった出来事として1stアルバム”Metaphorical Music”の大ヒットと共に、アニメ「サムライチャンプルー」への楽曲提供が挙げられる。

アニメ内の挿入歌に留まらずオープニングテーマ・エンディングテーマもShing02・MINMIと共に手がけた。

国内での評判は「nujabesがアニメ音楽を作るなんて」という意見が多勢だったため評価が遅れたのだが、アメリカのアニメチャンネルで放送されたところ大反響。

何度もリクエストがかかりアニメ自体もその度に繰り返し放送されるほどだった。

アメリカの反響が話題になって、ヨーロッパやオセアニアなどでも「サムライチャンプルー」は世界で広く知られる様になり結果的にnujabesの名前が世界に轟く様になる。

そんなこんなで日本国内のnujabesの評価はちょっと逆輸入的な部分がある。

何が正しいかなんて時代とともに変わっていく。ほとんどの問題は正解がひとつじゃない。

世界の人たちは先入観を捨ててnujabesの音を評価した。住んでいる場所がどこでも、作っている人間の国籍がどこでも、流通の方法や媒体がなんであっても、イケてる音楽はイケてる。

ただそれだけのことだった。

youtubeより

全盛だったnujabesが交通事故で亡くなったのが36歳の時。

人気絶頂だった天才トラックメーカーの死は全世界に大きな衝撃と悲しみを与えた。

nujabesの事故の数週間前にアメリカで人気のhip-hopビートメーカー”J・ディラ“が急逝していたこともあって、ファンの間ではその数奇な関係が語り継がれている。

(J・ディラも30代で亡くなっており、nujabesと誕生日が一緒だったり、作っているトラックがR&Bよりだったりした)

没後も彼の音楽は世界的に支持され続けており2021年現在でもSpotifyやApple Musicのランキングで定期的に浮上している。

2020年には10周忌という節目だったこともあり、渋谷のスクランブル交差点の大型ビジョンがジャックされnujabesの追悼動画がおよそ3分間放送された。

その動画は今もyoutubeなどの動画サイトに公開され続けている。

youtubeより

nujabesの遺した3作品・楽曲・トラックについて

というわけでnujabesの来歴はこの辺にしておいて、ここからは楽曲についての話です。

先述した”サムライチャンプルー”などのサウンドトラックへの参加や、コンピレーションなどへの参加作品は結構あるのですが、nujabes自身のオリジナルアルバムは全部で3作品と意外に少ない。

その3つのアルバムを中心に話を進めてみようと思います。

1stアルバム『Metaphorical Music』

言わずと知れた歴史的名盤。1stアルバム『Metaphorical Music』ですね。

nujabesの理解者であるUyama Hirotoのプロデュースソング「Letter From Yokosuka」やShing02と作った「F.I L.O」など捨て曲なしのフルキラーチューン。

その他にもCise Starの「Lady Brown」や、美しい日本の風景を彷彿とさせる「Kumomi」などメロウなインストを流行らせるキッカケにもなった作品だと思う。

メロウでありゆったりとしたジャズ基調のトラックが多いことから、場所や世代に縛られることなくクチコミでドンドン広がっていった『Metaphorical Music』。

初回プレス分があっという間にハケてしまうと、タワレコ・HMVなどから追加オーダーが殺到し、nujabesの人気を世間に知らしめることになった。

リリース後すら一貫してメディアの取材やプロモーションなどは行わず、硬派なトラックメーカーらしくサウンドのみで勝負したnujabes。

その姿勢は世界各地の音楽ファンから賞賛され、結果的に様々なオファーが舞い込むようになったのだった。

2ndアルバム『Modal Soul』

2005年にリリースされた『Modal Soul』。

Uyama Hiroto・Cise Star・Akinなど1stアルバムの面々との作品を中心に”Hydeout Productions”界隈のトラックメーカーであるApani B・Substantialなども参加している。

シンガーとして名を知られていた”Terry Callier”の参加した「Ordinary Joe」や、nujabesの最重要曲である「Luv(sic) part3」などを含んだ1stアルバムに負けない良盤に仕上がっている。

これだけ個性的な面々が参加している作品でありながら、アルバムを通してコンセプト感が出ているのが本当にすごいと思う。

個々のトラックも素晴らしいけれど、通して聴くのがオススメの作品です。

3rdアルバム『Spiritual State』

3rdアルバム『Spiritual State』はnujabesの亡くなった次の年である2011年に発表された作品。

このアルバムの制作中にnujabesは亡くなってしまったため、生前に残したトラックをつなぎ合わせる形で完成を見た。

タイトルチューンである”Spiritual State”は生前の制作段階からnujabes本人がアルバムの中でも重要位置に置いていたため、そこからアルバム名が付けられたのかもしれない。

アルバムを通して空気の流れ・魂の流れを感じさせるトラックが多く、死後発表の作品ということもあって今までの作品にないセンチメンタリズムを強く感じる。

nujabesにはこのアルバムの制作段階で死後の世界でも見えていたのだろうか。

今となっては知る由もないけど、今の世界をnujabesが表現したらどうなるだろう?と、そんなことを考えずにはいられない。

そんな風に思ってしまうラストアルバム。

Luv(sic)とShing02について

最後はフルアルバムではないのですが、nujabesを語る上で欠かせないトラックである”Luv(sic)”についても触れておこうと思います。

NujabesとShing02のタッグから生まれたこのトラックは、nujabesから「一緒に12インチの音源を作ろう」と呼びかけたことで生まれました。

アメリカに住んでいたShing02は一時帰国した際に初めてnujabesと対面。

最初にメールのやり取りをしていた時Shing02は「nujabesが日本人とは思わなかった」と発言しています。

音源を交換したふたりはお互いの音源を聴きあうようになる。

そこから2、3ヶ月後、Shing02はnujabesのある音源に反応し「このビートで何か作りたい!」と考え、構想を練った。

nujabesからの指定は「英語のラップであること」のみで、ほとんどなんの制約も課さなかった。

それが結果的に”Luv(sic)”というトラックを生むことになる。

Shing02曰く「音楽の女神に宛てて書いた手紙」というコンセプトで制作に取り掛かったそうで、「ひねくれた愛の形だけど、そのままストレートに理解して欲しい」という意味も込められている。

2人にとってターニングポイントになったトラックは予想を超えた多くの人の耳に届くことになり、自然と続編を作ろうという話になったそうだ。

この流れが”Luv(sic)”がシリーズ化させるキッカケになったと言われている。

ちなみにpart3の時に当初3バース存在していたバージョンをnujabesが「2バースだけの方が簡潔だ」としてそちらのものを流通させようと考えたのに、手違いにより3バース分の楽曲が発表されてしまい、温厚なnujabesには珍しくこの時ばかりは激怒したという逸話が残されている。

nujabes(ヌジャベス)考察・まとめ

ということで今日は伝説のトラックメーカーであり”lo-fi-hip-hop”の生みの親であるnujabesについて書いてみました。

nujabesがつくるものは、つくるひとと受け取るひとの両方が気持ちよくなって、さらにはその周りのひとや関係ないひとまで良くなっていった。

音楽って本当にこうやって広がっていくのが理想だよな、と思わせられる現象で、今思えばすごく貴重な体験だったのかもしれない。

2021年現在に聴いても古臭さを感じないトラックたちは、きっとこれからも世界中で愛され続けていくんだろう。

こんな世界的なトラックメーカーが日本にいたことを、僕らはもっと誇りに思っていいと思う。

ありがとうnujabes。今日はこんなところで。

codepenより

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