【アシッドジャズ】ジャミロクワイの過去・オススメ楽曲など【JK考察】

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みんな大好き・ジャミロクワイの過去を語る・考える

こんばんわ。音楽は好きだけどジャンルには疎いイチローです。

風呂上りにはキンキンに冷えたアシッドジャズに限りますね!っていうくらいアシッドジャズについて知らなかったのでちょっと勉強してみました。

って言ってもミドサーにとってジャミロクワイってミュージシャンはもうそれはそれは憧れの存在で…

なんていうかな。イチローが日サロに通うギャル男だとしたら、もう松崎しげる並みの存在というか。もはやミスターポポ的存在というかなんというか。

とにかくそのくらいの高みにいる尊い存在。ガソスタのバイトがドバイの石油王に憧れちゃう感じ。例えれば例えるほどわからなくなってきた。もうやめよう。

そんなわけで今回はイギリスのシンガーソングライター「ジェイソン・ケイ」のソロプロジェクト『ジャミロクワイ』について紹介していきたいと思います。

NME JAPANより

ジャミロクワイ (Jamiroquai) は、イギリスのアーティスト。アシッドジャズ・シーンから出てきた中では最も成功したグループのひとつ。バンド形態をとるがリードボーカルのジェイソン・ケイのソロユニットであり、「ジャミロクワイ」はケイを中心としたユニット名であると同時にケイのステージネームでもある[1]。

Wikipediaより

JKとアシッドジャズ・メディシンマン?・なんだその帽子は?

ジャミロクワイはフロントマンの「ジェイソン・ケイ」(以後JK)がバンドメンバーを集めて1992年にデビューを果たしたアシッドジャズと言われるジャンルの世界最高峰バンドです。

レコード会社の契約上は「ジャミロクワイ」という一人のアーティストとの契約になっているため、JKが一人でジャミロクワイとしてのあらゆるクオリティの責任を負っている。

白いライト当てられて怯えないように帽子をかぶりなおし不敵に笑うスラッガーくらい孤独で孤高の存在なのだ。あれ?どっかで聞いたことあるセリフだな。まぁいいか。

viagogoより

未来は得体の知れない狂気によって作られているんだ

ジャミロクワイ結成までのJKの音楽活動は非常にシンプルでドラムマシンのオケのみでギグを成立させるというものでしたが、当時のクラブシーンの音楽に浸るようになりジャミロクワイの構想が沸いたそうです。

今現在ある「アシッドジャズ」というジャンルは、ジャミロクワイが作ったジャンルではなく、1991年にJKがデモテープを持ち込んだレーベルが「アシッドジャズレコーズ」という名前だったのです。

もうアシッドジャズといえばジャミロクワイ!みたいなところがあるから意外と勘違いしている人たちも多いと思う。イチローは完全に勘違いしてたよ。

んでその「アシッドジャズレコーズ」と契約に至る中でJKは初期のジャミロクワイのメンバーたちと出会っていくのだ。

JKが表現したかった音楽ってのは普通のバンドとは違って多数のシンセやホーン隊を含むアレンジの再現など、ギグを行うハードルが高かった。アシッドジャズってのは基本的に大所帯の編成のことが多いジャンルなんですよね。

そのため、メンバー集めに「アシッドジャズレコード」界隈の人たちが加わってくれたのはJKにとって幸運だったといえる。

ちなみにデビュー前からジャミロクワイおなじみの「バッファローマン」のロゴは存在していたので、当時のクラブシーンに浸りながらもジャミロクワイの構想は水面下で練られていたのだろう。

イロコイ族とジャムセッションをするという意味のジャミロクワイ

日本ではキン肉マンのバッファローマンと差別化するために「メディシンマン」の名称で呼ばれているジャミロクワイのロゴキャラクター。ちなみにイチローは中学生の頃のあだ名がウォーズマンだった。悲しいことを思い出させないでほしい。

このキャラクターはJKの立ち姿とネイティブアメリカンを融合させたイメージとのこと。

アメリカ先住民族の中でもメディシンマンとは呪術的で薬草などの知識に長けたでいう医者のような立ち位置の存在を指します。

もともとジャミロクワイのバンド名の由来として「イロコイ族」という意味のiroquoisと音楽的な意味のjam-sessionとの意味の掛け合わせになっています。

さらに説明すると「イロコイ族」はアメリカ先住民族である事実以上に地球上で女性に選挙権を認めるに至った最初の集団であると知られていて、その言論や思想の自由などはアメリカ大統領や著名な発明家などにも影響を与えています。

もともとJKは熱心な環境活動家としても有名なので、そういったイロコイ族の思想の拡散や環境問題に関する提議を深めたいという思惑があったのでしょう。

8世代後の人々にどのような影響を与えるのかということを考えて行動したいんだ

barksより

俺には2つの面がある。俺は、それは双子だったからだと思ってる。

母親が言ってたんだ。デイヴィッドは、おれより大人しい性格だったって。

だから、俺にはワイルドな面もあるけど、もの静かなとこもあるんだ。

2人分の人生を送ってるって感じがするよ

さらにJKの幼少期などに遡ると、生まれは双子で母親はジャズシンガー、離婚して別居していた実の父親もギタリストとして生計を立てるなど、根っからの音楽一家の中に生まれる。

しかし、双子の兄であったデイヴィッドは生まれつきに脳に障害を抱えており、生後数週間で亡くなっている。

複雑な家庭環境ではあったが、母親は自身のテレビ番組を持っていたりライブツアーなども行っていたそうで、JK自身も私立の寄宿学校に通っていたなど経済的には健全な家庭だった。

andmore!

通りを歩いていたけど誰もいなかった。完全に荒廃した世界みたいだった。

(来日時の仙台について)

家庭環境もさることながらJK自体もロックスターっぽい資質満点の性格だったため私立の寄宿学校の風潮は彼に馴染まなかったのだろう。

学校を退学した後は家を出て音楽用の機材の購入のために実に様々なアルバイトをしてお金を貯めることになる。

その間にも音楽に傾倒しクラブシーンに居場所を見出し始める。

その後レーベルとの契約後の1992年に「When You Gonna Learn」でデビュー。

強烈なメッセージを含んだ強烈にクールなトラックで当時のロンドンクラブシーンに強い影響を与えました。

JKの来歴はこの辺にしときますか。

なかなか一筋縄ではいかない人生を歩んできたJKだけれど、ジャミロクワイってバンド自体はどの時代のリリースで切り取ってもめちゃくちゃカッコいいですよ。全部オススメ。

俺は負けん気が強いから、思ったことははっきりと口にするんだ。

俺はやりたいようにやると宣言した。ダラダラするのは性に合わないからさ。

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