【プリンス】ディアンジェロとはいったいなんだったのか?・伝説と逸話と騒動の考察【ジミヘン】

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ディアンジェロ伝説を振り返る・考察

あなたはディアンジェロを知っているだろうか?知っている?それでは、質問を変えよう。

わたしに教えてほしい。ディアンジェロとは、いったいなんだったのだろうか?

広島の助っ人外国人とか、黒人演歌歌手が浮かんでしまった人。それはディアスかジェロなので。いったんそこに置こうか。ディアスとジェロのことはいったん忘れようか。

そのどちらとも関係のない『ディアンジェロ』とは文字通り。本当の意味で。唯一無二のアーティストである。

その唯我独尊感をイチローが肌で感じたのが2014年。全世界の音楽ファンとメディアが震えに震えた。西野カナ?

「ディアンジェロが15年ぶりにフルアルバムを出すらしい」

???

当時その熱狂の外にいた人間…ディアンジェロの伝説の2ndアルバムVoodooを理解していなかったイチローからすれば、あまりに謎めいた熱狂だった。

「みんななんだかディアンジェロって言うけどさ~なにそれおいしいの?」ってなもんである。頭カッパカパ。お肌ピッチピチの20代。

そのディアンジェロのニューアルバム、ブラック・メサイアの発売直後は著名人も大盛り上がり。

はしゃぎまくりラクリマクリスティーの滝川クリスティからのクリス松村って感じ。

ラクリマクリスティーや滝川クリスティがディアンジェロを好きなのかどうかは全く伺い知らぬところだがクリス松村はたぶん好きだと思う。

mondo sonoroより

アリシア・キーズが「VIBES ! 最高!」と叫んだ。ジャスティン・ビーバーが「彼の新譜を聴き込みたいから探してくれるな」と呟いた。どうなってんねんディアンジェロ。その衝撃。太平洋を駆け抜けてる。

日本のアーティストだって例外じゃない。星野源はアリーナ公演にて早速ブラックメサイアをBGMにしていたし、志磨遼平も「スノッブ万歳ですよこんなの」という独特の言い回しで祝福する。西野カナにいたっては会いたくて(ry。どういうことやねんディアンジェロ。その奇跡。東洋の神秘になってる。

みんながみんな「あのディアンジェロが……!!」って言って騒いでる。近所のCDショップでもブラック・メサイアは売り切れだった。このご時世に発売初日に小売店で売り切れになっちゃうCDってすごい。信じられない。

太平洋を駆け抜けた東洋の神秘は、日出る國にて伝説となった。まさにR&B界のアントニオ猪木。

イチローの中では、ヤマタノオロチとアントニオ猪木の神々しさレベルはほぼ同等だ。力道山の立ち位置は創造主だろうか。

pitchforkより

でもさ…これだけディアンジェロが評価されるキッカケになった伝説の2ndアルバム。Voodooのリリースは1999年。さすがのわたしも当時はまだ小学生。

今でこそ、その名盤の凄さの片鱗くらいは理解できそうなものだけど、毛も生えそろっていない当時のイチローにはあまりにも黒すぎる音楽。ドッロドロのブラックミュージック。

早い話が理解できんかった。っていうか海外の曲なんか知らんかった。ビビアン・スーが俺の限界、ブラックビスケッツ万歳。黒い音楽はこのころから好きだったみたいだ。ポケビも最高だったけど。

つまり今回の記事は2014年当時の『ディアンジェロ、新譜出すってよ騒動』にいまいちピンと来なかった人向けに書いてみようと思う。イチローが当時の自分を迎えに行くための記事。息は持つだろうか。深い心の底まで。

the faderより

ディアンジェロ。その特別なアーティストは一聴しただけでは理解できない、底の見えない奥深さがある。

1度目はそこに闇があることだけが理解できる。2度目はその闇が奥深いことがわかる。3度目以降はその闇深さの解像度だけが上がっていく。

もうすでに沼に入り込んでいることに気付く。絶対に逃れることができない。他に似たような音楽がないからだ。

これだけドロドロした音楽が、よくもまぁ、全世界に受け入れられたものだ。地球人は全員ネクラなのかもしれない。

15年だよ?待てる?永遠の愛も枯れ果てるぜ15年。エアコンも換気扇も赤茶色に錆びまくるぜ15年。バイオハザードか。

今日はそんな、全世界を焦らしに焦らした罪深い男。ディアンジェロについて書いてみようと思う。

mediumより

ディアンジェロ(D’Angelo、本名:マイケル・ユージーン・アーチャー、Michael Eugene Archer、1974年2月11日 – )は、アメリカ合衆国バージニア州リッチモンド出身のシンガーソングライターである。

リッチモンド南部で宣教師の息子として生まれ、幼少の頃から歌い始めた。

wikipediaより
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ディアンジェロの概要

最初は簡単にディアンジェロの概要みたいなものを。

世代的にはダフトパンクの2人と同じ40半ばくらい。アメリカのヴァージニア州生まれ。リッチモンドっていう州都で育ったんだけど、そこは南北戦争時の重要拠点だった。今でも戦禍が残る地域として知られている。

ディアンジェロが生まれた当時は全米でもトップクラスの犯罪率で知られた、治安の悪い地域だった。

企業の研究施設が多数あるくらいで、歴史的にみても音楽的なトピックは特にない場所で幼少期をすごす。

北関東の山間部で育ったイチローとそれほど大差ないように思える。

Richmondの街並み

父もじいちゃんも牧師だったディアンジェロにとって教会ってのはとても身近な場所で、そこでピアノの演奏を始めたのが音楽に触れたきっかけだった。

12歳の頃には学んでいた音楽理論の教師に「君に教えることはすでに何もない」と言わしめるほど音楽に熱心に取り組む少年で、この辺の話が現在のマルチプレイヤーぶりに反映されているように思える。

同世代の黒人の多くの若者と同じように多感な時期をヒップホップというジャンルに取り憑かれて育ち、その中で地元の親戚たちとバンドを組む。

そのバンドはJBのホームとして有名なアポロシアターに出演し、当時より好評を博していた。

JBって誰?って人がもしいるのであれば「ウンゥゥゥ~~~!」であり「ホォォァーーアッッッ!?」である。

詳しくは動画で。

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