【病める】永田カビに見る共同幻想とうつ病について考察【健常者たち】

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“永田カビ”の漫画とともに”うつ病”を考えてみる

こんばんわ。悩める子羊のイチローです。

色々なSNSを連動しはじめたおかげでリクエストとかDMを頂くことが増えてきました。

(最近はインスタのストーリーとかで一斉に質問募集できてラクチン)

遠くの憧れの人からのメッセージとか、ネットワークってなんだか不思議だ。

なんか読んでもらってるんだな〜って感じがしてすごく嬉しいです。

というかリクエスト以上に”悩み相談”みたいな連絡がすごく多くて、それらを夜な夜な読んでいると一体自分が何者なのかよくわからなくなってきます。

とりあえずこれからブログ化しようとしているリクエストを一覧にしておこう。

  • 妻が恋愛ゲームにハマってしまったのでなんとかしたい
  • リバイバルブームの時に大量に出てきた”the〇〇s”の名前が思い出せない
  • うつ病の人間の気持ちを代弁してください
  • 不倫・浮気・恋愛関係について

自分で「リクエスト受け付けます」って書いたんだけど、こんなに幅広くなると思わなかった。

こんなブログでもみんな結構ちゃんと見てくれてるんですね。ほんとありがとうって感じ。

でもなぜかメールの半分以上は最後に書いた”恋愛関係”のものだったりする。

そんなに記事内で恋愛について書いたりしてないんだけどな。来週あたり書いてみよう。

この辺の質問とか相談に即した記事も、出来るだけ早く自分なりに考察して仕上げてみようと思います。

期待しないで、でも楽しみに待っててくれれば嬉しいです。

(個別にその都度できる限り丁寧に返信させてもらってますほんとに嬉しい)

そんで今日はこの中にもある”うつ病”の話を書いてみようと思います。

以前も取り扱った題材ではあるのだけれど、前回は「うつ病ってこんなもの」みたいな記事だったので、

今回は「何故うつ病になるか?」とか「何故うつ病は偏見にあうのか?」みたいな方向にもっと踏み込んで書ければなと思う。

僕は難しい文献を読むほど学があるわけでもないので、いつもみたいに個人的に好きな漫画家さんとかイラストレーターさんのことを参考にしてこの問題に向き合ってみようと思う。

今日も以前うつ病を扱った記事で参考にさせてもらった”永田カビ”さんの漫画を多数引用しています。

その他この文章を作るにあたっては実際にうつ病になってしまったSNSのフォロワーさんの投稿とか、お話なんかをかなり参考にさせてもらった。

いつもみんなに助けてもらってなんとか文章を書いています。

もはや甘えん坊です。甘えん坊将軍です。将軍に失礼ですね。調子に乗ってすみませんでした。

うつ病の源泉・トラウマと人間関係について

うつ病の人の話を聞いたり、エッセイを読んだり、SNSの投稿を見たりして気付いたことは”うつ病の源泉はトラウマ”であることが多いということ。

しかもそのトラウマのほとんどが”人間関係”であるということ。

(学術的に当たり前なのだとしたら恥ずかしいが僕はSNSを見ていて気が付いた)

そしてそういった当事者たちが皆んな一様におしなべてかけられる言葉がある。

時間が解決してくれるよ

人は江戸の仇を長崎で討つことは出来ないと考える。

復讐・恩返しというものは時間というものの特性上、より”過剰”になるし”際限”がないからだ。

ある時にある人にひどく傷つけられて、地獄の苦しみを味わわせられたのだとしても、

それは”存在してしまった事実”としてそこにあるだけなので、その埋め合わせは到底できようもない。

その時苦しんでいたのは”その時の自分”であり今の自分ではない。

その時傷つけたのは”その時の他者”であり今の他者ではない。

とはいえ理不尽な時間の概念に便宜上の公平さを付け加える形で僕らの世界は回っているから、なかなかこの問題をシンプルに考えることは難しい。

(時効・懲役・罰金・金利・年金・死後報われるはずの世界・涅槃・解脱)

このような問題を扱う時によく言われる”時間が解決する”という、便利で口当たりのいいセリフに着地をしたいわけじゃない。

だって無為に進んだ時間が過去の記憶を清算するのであれば、フラッシュバックなんて起きるはずないでしょ?

フラッシュバック (flashback) とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害の特徴的な症状のうちの1つである。

Wikipediaより

つまりは”存在してしまった事実”に安定した妥当な中間点みたいなものは存在しないと考える。

そういう意味を踏まえて”時間で解決”するのだとしたら、その過ごした時間の中で本人が”存在してしまった事実”を昇華できるような体験をし、自身の価値観を更新するよりほかない。

(もちろん心の平穏と肉体的な休息は確実に必要になる)

だから結局のところ「時間が解決してくれるよ」という言葉は、

「自己責任で頑張って勝手に解決してくれ」という当事者を突き放すような響きを持った言葉なのかもしれない。

これは生きているだけでやっとの当事者からしたら、なかなかに残酷だと感じる。

そして何故うつ病に対して”人間関係”がこれほどまでに大きく影響するのかという考察と対処法。

あたりまえだけど、人間同士は全部をわかり合うことは出来ない。

個人個人のもつイメージを100㌫の形で言語化することは不可能だし、つまりは言語化されない部分は共同化されない。

昔から人間は言語的コミュニケーションに落とし込むことのできない気持ちを絵や音楽に込めてきた。

だから文化や芸術は廃れなかったし、人々の孤独に寄り添ってもくれた。

(この辺は疾患者の人たちが往々にしてアーティスト気質なことと関係がありそう)

要するに一般社会で生きていこうとすると”現実から遮断されたままの多くの気持ち”と向き合うことになる。

人々が定義した”普通”のコミュニティに存在するためには、表向きの言語的表現の背後にある意味を共同化しなければいけないという、大道芸のような離れ業を際限なく続けていく技術が求められる。

社会において建前でしかない”言葉”は優しく素直な人間を置き去りにして、文字通りの表現を裏切り続ける。

そして文字通り受けとってしまった真面目な人間が気に病んで自殺するし、あるいは反抗して割りを食ったりもする。

これはもう誤解のない言語的なコミュニケーションは諦めて、いま一度”ムーディ勝山”の境地の戻ることが大切なように思う。

受け止めるな。無視するな。受け流せ。

たぶん、そのくらいで、ちょうどいい。

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