世界各国の大量虐殺・ジェノサイド・ホロコースト考察
今回は人類が行ってきた大きな愚行の一つ、大量虐殺について書いていきたいと思います。
楽しいことばかり書きたいと思ってブログを始めてみたんだけれど、深夜に世界の歴史について調べていたら自分の無知さに嫌気がさしてきた。
そんなわけでひと記事書いてみようかと思います。
今日は歴史のお勉強の日です。
一般的に、1つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する計画的大量虐殺等の行為は、ジェノサイドと言い、その一部はジェノサイド条約において集団殺害罪(国際法違反)として規定されている。
Wikipediaより
世界各国で行われた大量虐殺・ジェノサイドについて
『大量虐殺』と『ジェノサイド』と『ホロコースト』の意味が曖昧になっている人もいるかと思います。
大量虐殺の中でも計画的に民族や宗教を弾圧するための虐殺なら『ジェノサイド』にあたり、
『ホロコースト』とはナチスドイツが行ったユダヤ人に対する大量虐殺を指します。
もともと『ホロコースト』ってのはユダヤ教の儀式のことだったのですが、ナチスの愚行によって言葉のイメージが変わってしまいました。
中国のジェノサイド・「文化大革命」

政府の公式統計によれば、
この文化大革命により殺害された国民は170万人以上に上るという。
中国共産党の政権による社会運動「文化大革命」は公式統計では170万人の犠牲者と言われている。
しかし当時の人の証言などで一説には犠牲者は2000万人以上になるという説も。
文化大革命時に構成された「紅衛兵」と呼ばれる全国的な学生運動が暴徒化し、様々な歴史的建造物を失った他、
大多数の資本家、資産家、知識人がなぶり殺しにあったり、人食の対象になったりとにわかに信じがたい文献が数多く残っている。
ソ連のジェノサイド・「ホロドモール」

遂に人々は病死した馬や人間の死体を掘り起こして食べるに至り
その結果多数の人間が病死しており、赤ん坊を食べた事さえもあった。
通りには死体が転がり、所々に山積みされ、死臭が漂っていた。
1980年代にようやくソ連が事実を認めた「ホロドモール」も歴史的なジェノサイドと言える。
計画的な人工的飢餓という最悪の非人道的行為で1450万人の被害者が出ました。
革命によりソ連の政権の中枢を担っていたユダヤ人の復讐という見解や、ウクライナ人の農奴出身のコサックを撲滅する狙いがあったと言われています。
カンボジアのジェノサイド・「ポル・ポトの大量虐殺」

ポルポト政権が始まってから、たった4年間で総人口800万足らずのうち、
200万から300万近くのカンボジア人が虐殺された。
カンボジアのポル・ポトが率いた政治勢力「クメール・ルージュ」によって、大多数のカンボジア人が虐殺されたジェノサイド事件。
国民が知識をつけることを恐れ、老若男女問わずに農業に従事させ留学生に関しては国内に呼び戻され殺されました。
末期にはメガネをかけているだけで銃殺刑の対象になるなど事件後その狂乱政権ぶりが全世界を震撼させた凄まじい事件です。
ドイツのジェノサイド・「ホロコースト」

ナチス勢力下の各地から列車により輸送されたユダヤ人の7〜8割は、
収容所に到着するとすぐに毒ガス室に送られ、殺されたといいます。
それを逃れたとしても、劣悪な生活環境の下で強制労働が課せられ、
多くの人が飢餓と病気で亡くなりました。
1933年にユダヤ人をボイコットするための規則を法制化させたナチスが最終的には1945年までに約600万人のユダヤ人を虐殺した、世界的な大虐殺事件『ホロコースト』。
「アンネの日記」で知られているように、最初は公立の学校からユダヤ人の子供が排除されたり、
ユダヤ人との結婚を禁止する法案が成立したりするところから始まっています。
そして「クリスタルナハト」を機にナチスは取り返しのつかない過ちの階段を転がり落ちていきます。
ルワンダのジェノサイド・「ルワンダの虐殺」

80%を超えるフツ族が、約15%のツチ族を虐殺し始めました。
被害にあった方の人数は把握されていませんが、
3ヶ月足らずで50~110万人と予測されています。
近年に起きた大規模なジェノサイドがアフリカでの「ルワンダ虐殺」です。
1994年というショッキングなほど近い過去に起こっています。
原因はフツ族の大統領が何者かに暗殺されたことに端を発します。
フツ族はツチ族の仕業だというヘイトスピーチに煽られ、フツ族より裕福なツチ族を虐殺し始めます。
ラジオのによる流言飛語が大きな要因だと言われている虐殺事件です。
アメリカのジェノサイド・「サンドクリークの虐殺」

この野営が和平派の野営であることを確認しておきながらも、大砲を撃ち込みます。
ブラックケトル酋長は必死でここが和平派の陣地であることを
白旗を振ってアピールしますが、全く意味のないことでした。
南北戦争中にアメリカで起こったジェノサイドは武装解除した無抵抗の先住民を米軍が虐殺した「サンドクリークの虐殺」です。
地元の新聞社が主催した「インディアン撲滅キャンペーン」によって、このジェノサイドも英雄譚にされていたというのだから驚きです。
リンカーンの政策もルーズベルトの政策も、先住民であるインディアン目線で考えると世界の見え方が変わってきます。
自主的に武装解除していた和平派の男たちや多くの女性、子供がこの虐殺によって殺害されます。
大量虐殺を指導した4人の独裁者について
ここまでは世界で起こった歴史的な大虐殺について紹介してきました。
ここからはその虐殺の指揮を取ったとされる人物に焦点を当ててみようと思います。
さすがに書いててしんどくなってきたけれど、これからも考えることをやめないようにしたい。
文化大革命と大躍進政策を指揮「毛沢東」
人民、ただ人民のみが世界の歴史を創造する原動力である。
中国共産党の創設者である毛沢東も最初の仕事は教師でした。
国内の内戦や日中戦争の中で政治活動に従事。
党内での権力闘争にも打ち勝ち指導者としての権力を獲得していきます。
その後、大躍進政策の大失敗により一時失墜しますが、内乱のような文化大革命を引き起こして権力を再び掌握します。
その過程で述べ4000万人以上の人民を虐殺したとされています。
その後も毛沢東の作り上げた権力システムは現在でも中国で生き続けています。
桃源郷を夢見た「ポル・ポト」
知識人は邪魔。無知で貧乏で純粋な農民が最も改造しやすい。
13歳以下の純粋な子供を徹底的に洗脳し、「クメール・ルージュ」を組織してカンボジア国内で大虐殺を行ったポルポト。
その数はおよそ150万人以上と言われています。
英語を口にした人間がいれば殺し、歌手を殺し、俳優を殺し、僧侶を殺し、文字が読めるものを殺し、
最後は側近すら信じられなくなり殺しました。
孤高の独裁者「スターリン」

私はもうおしまいだ。だれも信用できない。自分さえも。
孤高の独裁者スターリンも代表的な大量虐殺者の一人です。
国内に100箇所以上の強制収容所を建築し、無実の人間に強制的に過酷な労働を強いて恐怖政治を敢行します。
冷酷非道な独裁者として世間では扱われていますが、幼少期は靴職人の父親によって家庭内暴力を受けるなど生い立ちに恵まれなかった側面も。
母親に親孝行しようと人一倍勉学に務める青年は、革命と共に虐殺に手を染めることになります。
独裁者の代名詞「ヒトラー」

人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ。
女の子のような丸文字を使い、お菓子を好み歯磨きを嫌う。
そんな独裁者がアドルフ・ヒトラーです。
世界に悪名を馳せる独裁者ですが、もともとは画家志望だった。
その後、アーティストの道を挫折し5年間のホームレス生活を送ります。
第一次世界大戦では一介の歩兵でしかありませんでしたが、ナチに入党してからその人心掌握術でみるみるうちに台頭。
独裁者としては珍しく、選挙によって国のリーダーに選出されます。
実はこの人、フォルクスワーゲンの設立者でもあります。
歴史に学ぶこと・まとめ
ここまで人類が起こしてしまった大量虐殺についてまとめてきました。
しかしまだまだ耳を塞ぎたくなるような虐殺は書ききれないほど世界のあちらこちらに存在します。
人間は愚かで、限られた資源を巡って隣人を殺し続けてきた。民族対立やら宗教対立などの大義名分を並べても、その実態は至近距離にいる弱者への暴力とその復讐だ。
これからの自分たちにできることは、独裁者の種を撒かないこと。今までの独裁者のパターンにはまらないように権力を抑制すること。
月並みだけど思い浮かぶのはこんなところかなぁ。
なにはともあれ、国の政治への無関心は権力者を増長させると考えられるので、自分に与えられた権利としての「投票権」は行使するように心がけます。
今日はこんなところで。

コメント
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