【ロックとは何か】映画・アイデン&ティティについて【ネタバレ考察】

映画の話

みうらじゅん原作・映画”アイデン&ティティ”・小ネタあらすじなど

こんばんわ。”イカ天”やら”バンドブーム”なんて言葉を聞くとなぜだかグッときてしまう方のイチローです。

今日はそんなバンドブームというラッスンゴレライ・ムーブメントを時代背景にした映画。「アイデン&ティティ」について書いてみようと思います。

またまた懐かしい映画…いやもうね。こんな感じのDVDしかウチ置いてないんですよ。映画観賞っていっても基本的に文章書きながらの流し見だから、見たことある映画じゃないと筋わからなくなるし。

でもその代わりなんどもダラダラ見返してるから、セリフとかすごい頭に入ってるんだよね。限りある脳のメモリを結構くだらないところに使っているタイプです。

しかしバンドブームも30年前の話か…イチローはミドサーなので物心ついたころでしたね。近所のお兄さんたちが”イカ天”の話で盛り上がってて、みんなエレキギター練習してた。

みんなエレキギターしか練習しないから5人組のバンドなのにギターが4人いるというBOØWY並みの伝説級バンドにも何度もお目にかかった。

今回紹介していく「アイデン&ティティ」はそんなバンドブームの時代の渦中にいる売れないバンドの物語。みうらじゅん原作のロックムービーです。

『アイデン&ティティ』は、1992年から2004年に刊行されたみうらじゅんの自伝的漫画シリーズ。またこれを原作とし2003年に公開された日本映画。

wikipediaより

アイデン&ティティの概要について

アイデン&ティティはバンドブームも終焉に近づきつつあった1990年代初頭が舞台になっている。

物語の筋書きとしては、このフワフワしたブームに乗っかってデビューしたバンド”SPEEDWAY”のギタリストである中島(銀杏BOYZの峯田)が、大衆に受け入れられる音楽と自分のやりたい音楽の狭間で葛藤するというもの。

苦悩し迷走し悩んで悩んで悩み抜いた挙句に、中島は「やりたい音楽」を手にとって進んでいく…みたいな話。

こうやって書いてみるとかなりシンプルなストーリーだけど、なんだかすごく面白い映画なのですよ。これはミドサーのバンドマンであるイチローだから思うことなのか??

いやいや。今日はみんなにこの映画の良さをわかってもらうために、細かいところにフォーカスして考察していこうと思う。

グイグイ押し付けていくから。イチローの好きなもの。そういうブログだから。ここはそういうコーナーだから。そういうコーナーにするの。みんなでしていくの。

とはいえ観たことない人も多いと思うので登場人物の紹介からしてみますぅ。

この映画の配役。すごいドンピシャなんだよなぁ~。この辺がもうすでにお勧めポイントでもある。

アイデン&ティティの登場人物について

ってことでこの映画の登場人物の紹介を。

要所要所で”ディランっぽい人”が出てきて主人公である中島を示唆し、導くんだけどディランはここでは紹介しません。

だって誰が演じてるのかイチローは知らないからね。セリフもないし。いや最後だけナゼかちょっとだけ喋るんだよなたしか。

時代背景がバンドブーム時期ってのもあって「いかすバンド天国」っていうTBSのテレビ番組風景もちょっとだけ出てくる。これがいわゆる”イカ天”ね。若い子は知らないよねぇ。全然知らなくてよい。人生に1㍉も必要ない情報。

三宅祐司と相原勇が司会しててさぁ、審査員に荻原健太とか吉田健とか伊藤銀二がいたりして、きびしめのコメントが毎回面白くてさぁ…

ちなみにそのシーンで原作者であるみうらじゅんもちょこーっとだけ出てくる。みうらさん、当時は「大島渚」ってバンドに籍を置いてた。なにそのバンド名。日本版 the smithかな?

アイデン&ティティ

なんだかイカ天話だけで文字数が多くなってしまいそうなのでこの辺にしておく。今日は映画の話。んでここは登場人物を紹介するセクション。無理やり断捨離の術。こんまりもビックリの巻。

俺の人生は新規でタブを開きまくる。上書きで保存しまくる。これからもそうやって生きていく。

主人公・SPEEDWAY・ギター”中島”(峯田和伸)

アイデン&ティティ

銀杏BOYZの峯田和伸さんが、売れないバンドSPEEDWAYのギター・主人公の中島を演じます。

いやーこれがハマってるハマってる。

自分を曲げることを極端に嫌う性格とか、居酒屋で酔っ払ってくだを巻く感じとかほんと合ってる。

峯田和伸ストーリーかよってくらい合ってる。峯田さんじゃなきゃこの映画は成立しなかったと言っても過言ではなかろうも。

この主人公・中島の悩みや葛藤そのものが”アイデン&ティティ”って作品の核になっているので、峯田さんの演技がこの映画の良さのスコアをギュンギュン引き上げてる。ソーラン節のごとく引き上げてる。よっこいしょ。

自分とはなにか?音楽とはなにか?ロックとはなにか?

中島の自問自答にディランは歌で答え、導いていく。

この映画は売れないバンドマン・中島が”ほんとうの自分”を取り戻していくプロセスの話なのである。

中島の彼女(麻生久美子)

アイデン&ティティ

次は”中島の彼女”の麻生久美子さん。名前が出てこないので”中島の彼女”として話を進める。

だらしのない中島をあらゆる面でサポートしてくれる女神のような彼女です。

もはや麻生久美子ほんにん。ミカエルとかラファエルの類なのかもしれない。Λuciferではない。

大人の雰囲気を持っていて達観した性格の彼女に、中島は精神的に頼り切ったまま成長していきます。

自分と一緒にいてくれる彼女を中島は不思議に感じたりもしますが、彼女は中島の人間性や音楽をとても気に入っていました。

中島にオリジナル曲を作るべきだと勧めたのも、ディランを聴くように進言したのも彼女だった。

精神的に未熟な中島が自分の信念を貫くことが出来たのは、彼女のような理解者の存在が必要不可欠だったように思う。

つまりはとにかく麻生さんめちゃカワイイからそれだけでもこの映画を観る価値はある。

中島のライバル・岩本(コタニキンヤ)

アイデン&ティティ

SPEEDWAYらと同期バンドの中での出世頭になっている岩本。

V系バンドとして売れてからはテレビ司会をしたりエセhip-hopに路線変更したり、メインストリームへ取り入るのがうまい人物。

変わり身の早さがアスクル並み。ロハコの回し者だろうか。

中島とはあまり馬が合わないが、デビュー同期ともあって様々な場面で対面することになる。

岩本を演じるのはコタニキンヤ。この役も個人的にかなーり好きな配役。

キャラクターの薄っぺらさを表現できる役者さんって意外と少ない。

SPEEDWAY・ボーカル”ジョニー”(中村獅童)

アイデン&ティティ

中島とバンドを組むSPEEDWAYのボーカル・ジョニーを演じるのはなんと中村獅童。

いやこれもめちゃめちゃハマってる。最高。

ジョニーはバンドのリーダーとして「悪魔とドライブ」がヒットしたことを受けて中島に同じように耳当たりの良い曲を作るように求めるが、中島はそれを拒否し自分の世界を表現しようと苦しむ。

そのようなメンバー間の確執があった後、下世話な編集者(大杉漣)にガンギレした中島に

「バンドだって社会なんだよ!」と捨て台詞を残しジョニーはバンドを去ってしまう。

その後、昔の女に包丁で刺されたりなんだかんだあっててんやわんやあって中島とは仲直りします。

ジョニーと中島が居酒屋とか貸しスタジオで口論するシーンなんかは、バンドをやっていた人間からするとなんとも言えない気持ちになる。

SPEEDWAY・ベース”トシ”(大森南朋)

アイデン&ティティ

中島・ジョニーとともにバンド活動をしているベーシストのトシを演じるのは大森南朋。

自らのこだわりを全力でバンドメンバーにぶつける中島やジョニーとは違い、バンド活動で食べていること自体に満足感を感じているトシ。

そのためメジャーデビュー後にイマイチ軌道に乗れない自分達に不安を感じている。

向上心がさほどなく、故にベースの演奏力がSPEEDWAYの弱点になっている。それを指摘したくてもできないメンバーたちがメチャクチャにリアルだ。

最終的にはジョニーが酒に酔ってぶっちゃける流れも含めて、バンドマンにとってはわかりみが日本海溝。

ある。こーゆーの…あるよねぇ。アイデン&ティティって作品はバンドマンあるあるを詰め込んだような作品なのだ。

SPEEDWAY・ドラム”豆蔵”(マギー)

アイデン&ティティ

マギーさん演じるSPEEDWAYのドラム・豆蔵。って言っても本編では名前が出てこない。

キャラクター的には中島とジョニーの仲介役って感じでバンドの中においては一番の常識人かもしれない。

一般の人でも感情移入しやすいキャラクターで、中島・ジョニーらとの対比としての意味を持たせているのかもしれないなぁ。

物語のラスト付近で岸部四郎にキレるシーンが1番の見せ場か。

事務所の社長(岸部四郎)

アイデン&ティティ

岸部四郎演じるSPEEDWAYの事務所の社長。こちらもめっちゃいい味出してる。ジワる。昆布。

グループ・サウンズ出身の元ミュージシャンとして登場するんだけど…いや岸部さん本人の経歴ぞな。

デビューしてから鳴かず飛ばずでくすぶり続けるSPEEDWAYに「売れる曲」を書くよう求め続ける資本主義の権化。つまり普通の大人。

最終的にはテレビの生放送で暴走したSPEEDWAYと仲違いになる。

岸部さんは“ガキ使”のイメージしかなかったイチローにとってはカルチャーショック的な配役だった。(いい意味)

アイデン&ティティの良さについて考察

とまぁこんな塩梅でこの映画の愛すべき登場人物たちの紹介が終わったところで、この作品の個人的にプッシュしたい部分を書いてみたいと思う。

もう20年近く前の映画について語るなんて…ってイチローの中の悪魔が囁くが、そもそもこのブログの記事はそんなんばっかりだ。

だからトレンド~とかやりらふぃ~みたいなものは全く期待しないでほしいし、そもそもぜんぜん期待されていないとも感じている。このブログ、大丈夫そ?

んでこの映画。バンドブーム時のバンドマン達の物語とあって、出てくる人間ほとんどがダメ人間。

愛すべきダメ人間を金八先生はバカちんと呼んだ。

つまり映画”アイデン&ティティ”ってのは、言うなればバカちんのバカちんによるバカちんのための映画だってこと。バカちん映画だってこと。それを理解してもらった上で本題に入っていこう。

中島(峯田)のダメさ加減がいい

アイデン&ティティ

まず最初にお伝えしたいこの映画の魅力。主人公の中島がどうしようもなく人間くさいところ。

というか普通の大人がこの映画を観たら、中島の葛藤とかだらしなさにイライラしたり呆れてしまったりするんだと思う。

これは別にこの映画に限ったことではなく、主人公に感情移入できない作品はどうしたって観てらいられない。太宰の作品を読んでみればすぐわかる。見方によっては太宰もかなりバカちんだ。

美人で理解のある彼女に精神的に寄りかかりながら、勢いでデカイことを口にしたりする中島。

「僕は君がいないとダメなんだ」と言いつつ、ファンの女の子とセックスしたり男友達と風俗に行ったりする。

アイデン&ティティ

うーむ。沁みる。中島っていうかこれはもはや峯田なんじゃないだろうか。そんな錯覚すら覚えるベストマッチな配役。

だらしのないダメな自分を俯瞰で見て「自分は今ロックと一番遠いところにいる」なんて言って自己嫌悪するところとか…

大杉漣にブチ切れてバンドが崩壊することろとか。もうほんとね…突きつけられてる感じ。

全バンドマンに印籠突きつけてる感ある。もうやめて元バンドマンのライフはゼロよ。

さっき登場人物の紹介の時にディランが中島を導く…みたいに言ったけれど正直、中島は彼女がいなければ何にもできない人間だ。

そんなどうしようもないくらい人間くさい中島になんだか惹きつけられてしまう。

理解のある彼女の深い包容力のおかげで、ディランに恥じない生き方を見つけていくダメ人間の物語。それが”アイデン&ティティ”。

バンドやってた人間なら理解できる「わかりみの深さ」がいい

アイデン&ティティ

この映画はバカちん(バンドマン)がバカちん(中島)に印籠を突きつけられるだけのマゾ映画ではない。

みうらじゅん原作の映画だけあって、バンドマンの描写がものっそいリアル。

あー…こんな感じだったよね…みたいなシーンの連続。俺の中のギター少年が意識の向こうで手を振っている。

居酒屋で酔っ払ってメンバーと口論になるシーンとか…ライブの打ち上げでおっぱいの大きい女の子にデレデレになるシーンとか…

アイデン&ティティ

大学での軽音サークルでの活動とか…リハスタでの待ち合わせとか…もうね。どのシーンも何もかもが懐かしい。

バンドマンじゃなくても中央線沿線に住んでいた人だったら懐かしくなると思うよ。

主なロケ地は高円寺だし、今の中央線はこんなに赤くないけれど。

こんなふうに、作品全体の雰囲気がノスタルジーなのも魅力のひとつなんだと思う。

役者のムダ使い感がいい

アイデン&ティティ

登場人物で紹介した人たち以外にも、この映画にはたくさんの個性的な役者さんたちが登場してきます。

銀杏BOYZの峯田と麻生久美子。中村獅童に大森南朋にコタニキンヤに岸部四郎でおまけにマギー。

これだけでも十分豪華なのに、マジで一瞬だけ出てくるような役者さんたちの顔ぶれがすさまじい。

まずはキャバクラのボーイやってる浅野忠信でしょー。(サッドヴァケイションかよ!

アイデン&ティティ

次に家電量販店で客の呼び込みしてるピエール瀧でしょー。(電気グルーヴかよ!

アイデン&ティティ

高円寺のミックジャガーと呼ばれる男・田中要次でしょー。(似てる!w)

アイデン&ティティ

中島と一回だけやっちゃう平岩紙でしょー。(旦那はフジファブリック山内!)

アイデン&ティティ

新聞記者役の大杉漣でしょー。(ものすごい演技力!)

アイデン&ティティ

ジョニーを愛しすぎちゃう小林麻子でしょー。(こわいこわいこわい!)

アイデン&ティティ

路上で中島をボコボコにするポカスカジャンでしょー。(これがホントのポカスカじゃん!)

アイデン&ティティ

とまぁこんな具合にちょっと挙げるだけでもこれだけの役者さんたちが出てくる。

しかも多分、この人たちの総出演時間10分くらい。めちゃくちゃ一瞬。役者のムダ使い感すごい。

だがそれが面白い。そんなこんなもこの映画の魅力だと考えられる。

音楽好きが食いつく小ネタが面白い

アイデン&ティティ

あとはコレですね。音楽関連の小ネタが多いですこの映画。

冒頭のインタビューに登場する人物とかね。全部言える人、どのくらいいるだろうか。

すかんち筋少スイマーズたま人間椅子

本編の中でもコタニキンヤが歌う「リリー・マルレーン」とかさ。もうイカ天を見てた世代にはたまらないんだよね。小ネタの洪水。ネタの大海嘯。リヴァイアサンの活け造り。

って言っても同世代に語ったところでわかってもらえないイチローはミドサー。

近所のお兄さんとかいとこの兄ちゃんとかが夢中になってたから覚えてただけ。世代的にはアラフォーがドンピシャなのかも。

ちなみに音楽はムーンライダースの白井良明さん。脚本はクドカンってのも良さみが深い。いま考えるとすんごいメンツ。

ちなみにイチローの一番好きなシーンは楽屋のあっちゃん。だれか共感して。

アイデン&ティティ・中島とディランの名言・名場面まとめ

はい。ここまでの文章で「なーんかこの映画観たくなってきたぁ!」って人が全国に3人くらいはいると思うので、独断と偏見で”アイデン&ティティ”の名言やら名場面やらを記述して今日は終わろうと思います。

まぁもうネタバレ記事みたいになってるしいいよね?気にしないよね?

名言まとめっていっても全部、主人公・中島の発言ですね。

中島の発言は峯田の発言です。峯田の発言はロックの発言です。銀杏BOYZが好きなんですよね。ぼかぁ。

好きなものについて書くとき、イチローは若干気持ち悪くなる。

冷静と情熱の狭間で判断力がユニヴァースしてしまう。好意と重圧の板挟み状態。

「やらなきゃならないことを やるだけさ だからうまくいくんだよ」

アイデン&ティティ

いきなりラストのMCから抜粋してみました。

これなんですよね。結局この言葉にたどり着くまでに中島はもがき苦しむわけで。

おじさんからすれば「いやいや今更かよ」みたいに思ったりもするんでしょう。

おばさんからすれば「いやいや浮気しといてアカンやろ」みたいに感じたりするんだろう。

いいんですよ。バンドマンなんてみんなアホアホなんだから。と自分自身に言い聞かせてみる。

「僕のロックに対するコンプレックス。それは不幸なことに『不幸なことがなかった』こと」

アイデン&ティティ

日本の中産階級に生まれて、特別グレるでもなく特別優秀でもなかった中島。

ふつうに生きてきたバンドマンにとって旅人は憧れの存在になる。

いわゆるディラン・コンプレックスと呼ばれるものだ。ウソついた。今作った。

これはみうらじゅんさんが言っていたことがそのままセリフになった感じ。

まぁ作品自体が自伝みたいなもんだからそりゃそうか。

それでも「中産階級には中産階級のロックがある」みたいに考えるようになってからは気持ちが軽くなったとも言っていたなぁ。たぶん。たしか。

「ディラン 俺ときどき思うんだ あんたに会わなければどんなに楽だっただろうかって」

アイデン&ティティ

あちゃー、めちゃくちゃ突き刺さる。全イチローが泣いてる。

憧れの人という光に当てられて自分という闇が照らされる感覚…暖かくて寒気がしてくるよ。

希望と絶望は表裏一体。だからロックを続ける人間は進み続けなきゃならない。そうしないと自分の歌にカッコ悪く脅されてしまう。

やっぱりなんだか俺の言いたいことはすでにバンプ藤原が言っている。俺はバンプ藤原なのかもしれない。うそ違うかもしれない。

「はじめて書いたオリジナルは仲間には不評だったけど 一歩でもロックに近付けた気がした」

アイデン&ティティ

これは自分で創作活動をしている人たちみんなが頷く言葉なんじゃなかろうか。

オリジナルって絶対に最初から評価なんてされるわけないんですよね。

それでも自分で作ったものを誰かに見てもらって、聴いてもらって、そこでやっとちゃんと始まれるんです。いろいろ。

そこから逃げ続けてて「なんかそれっぽいもの」をなぞり続けていたら、一生、既存の価値観の中に閉じ込められてしまう。

節子、それロックちゃうやんか。おはじきや。

「面白くもないのに、笑うな、俺。」

アイデン&ティティ

これは中島が同級生の友人たちと久しぶりに再会した時のセリフですね。

社会人になってスーツを身にまとい、社会をわかったように語る同級生たちに中島は疎外感と嫌悪感を感じます。

そんで心の中でつぶやいたセリフがコレ。はー!わかりみ!

とかなんとか言っといてそのあとみんなでピンサロ行っちゃうところも中島らしい。

放送事故・ステージでのMC

アイデン&ティティ

この歌を、ロックを単なるブームとして扱った馬鹿共に捧げる

ロックで金儲けしようとした馬鹿な大人たちに捧げる

自分のことをあまりにも知らなさすぎる、馬鹿共に捧げる

ロックを冒涜する、ミュージシャンもどきに捧げる

何の疑問も持たず、漫然と暮らしている奴ら

他人の人生を笑いものにする奴ら

お前らみんな、偽善者だ!

アイデン&ティティ/中島

物語の終盤。ジョニーが脱退したSPEEDWAYは中島をフロントマンに差し替えて生テレビの収録に臨む。

その放送中に暴走した中島が放ったセリフがコレ。

いやーめちゃくちゃカッコいい。カッコいいと思うわしは中二病をこじらせとるんかなおい。

思うに”アイデン&ティティ”って映画のハイライトがこのシーンで、つまりはみうらじゅんが言いたかったことはこのセリフに集約されていると思うんだがはてさて。

ここまで書いといてなんだけど国語のテストとかの「作者の気持ちの正解を選ぶ問題」すごい苦手だったな。

考えて考えて考えすぎて間違うことが多かった。だから全然違うかもしれない。ごめんね。

映画・アイデン&ティティについて・考察まとめ

こんな感じで今日は映画”アイデン&ティティ”について小ネタの考察を中心にまとめてきました。

これで映画の記事は5本目?くらいだけど、なんだか自分がわざわざ取り上げて記事にする映画ってのはどれもささやかで控えめなものばかりだ。

日本を歓喜の渦に巻き込んだりしないし、全米だって一切泣かない系のこぢんまりした映画ばっかりだ。

でもある種の人たちに訴えかける何かは確実に内包していると感じるし、その一部分の人間のひとりであることを自覚せずにはいられない映画体験だった。

ながら見ばっかりのクセに映画体験とか言っちゃいました。えへへ。

この映画のラストで印象的なのは、中島がずっと悩んでいた問題「ロックとは何か?」については特に明確な答えが出ないままラストを迎えること。

「てめーらで勝手に考えろ」と言わんばかりにエンドロールが流れ出す。みうらじゅんかな?みうらじゅんだよなぁ。やっぱり。

この問題を考えた時「よくわからない」って感覚はすごく重要だと思う。

たぶん簡単に答えが出てくるものではないし、承知のとおり個人の考えなんてコロコロ変わる。

ロックとはなんだろう?何かに反骨する精神だろうか?マーシャルをフルテンで鳴らすことだろうか?革ジャンを着て髪を立てることだろうか?

アイデン&ティティ

金や権力に抗う音楽なら、すでにモーツァルトもベートーベンもやっている。

機材や楽器は手段であって目的ではないから、概念であるロックには届きそうもない。

既存の何かを模倣することでロックが成立するのであれば、ロックは金で買えるものになる。金で買える概念に人の心は動かない。でも確かに僕らの心はロックで踊る。

つまり既製品や他者的な概念はロックにはなり得ないと暗にこの映画は教えてくれている。

では他者的でないロックとは何だろうか?

中島は様々な葛藤を経て、ラストシーンで「やるべきことをやる」という結論をだし自分のオリジナル曲を紹介してこの映画は幕を閉じます。

年齢を重ね、現実を知り、社会と自分との距離に迷いますが、自分のやるべきことには妥協しない生き方を選びます。

時流に流されず、自分の音楽を追求する。もはやバンドマンではなく音楽にしがみつく男たちと表現した方が正しい。

その集団は熱を帯び、連帯し、焦燥する。リアルなロックバンドの泥臭さがうまく表現されている。

アイデン&ティティ

他者的でないロックは見栄えのいいものなんかじゃないことがわかってくる。

金で買えるロックは綺麗かもしれないが、綺麗ごとでは人は動かされない。

中島は彼女なしでは何もできず、ジョニーも自分を刺した女から離れることができない。

トシと豆蔵も馴染みの焼き鳥屋から出ることができないまま映画は終わる。

「ヘタレだ」と思うだろうか?「ひとりで生きられない人間」は価値がないだろうか?

そのように思う人もきっと少なくないのかもしれない。

しかし中島は最後、社会という巨大なシステムに中指を立てることで他者的な価値を求めることを放棄する。

地球は割と広いみたいだから意見の合わない人とは違うフィールドでお互い頑張りましょう!って感じ。

そもそも意見の合わない人間とは同じ土俵にいないのだ。

中島が自ら出て行ったのか、中島の世界から他者が去ったのかはさほど重要ではない。

このブログでも何回か言っているように、カルチャーに正解は存在しないと考える。

つまりここまでの考察で「ロックならばこうすべきだ」はもうすでにロックの定義から外れることがわかる。

自分の場合のロックは…私の場合のロックは…俺のロックは…

それぞれが自分の頭で考えて出した答えは、その全てがロックだ。ロックの間口は意外と広いようだ。

他者的な価値観に自分を奪われてはならない。

アイデン&ティティ

そもそも完全な「個の確立」なんて人間って生き物には不可能だと思えてならない。

世界に存在するのが自分ひとりだとしたら、自分を証明する手段などどこにもないからだ。

人間は誰かに認められることで、初めて自分を認識することができる。その意味で人間は動物ではない。

だからこの映画のタイトルは「アイデン」と「ティティ」なのだ。

「どんな気持ちだい?誰にも見向きもされなくなったというのは?」

エンディングでボブ・デュランが語りかける。

映画が終わり、画面に映るのはブラックバックに照らされる自分の顔。

いつだって未完成な自分へ「ロック」を突きつけてくる。

わかったふりをするなよ。よくわからんヤツの言葉から、簡単に答えを見つけるなよ。

そんなことを、この映画は言っている気がしてならない。

アイデン&ティティ

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