古典部シリーズ・氷菓についてネタバレ考察その3〜ふたりの距離の概算〜

考察してみた

続々・アニメ”氷菓”・漫画・小説・”古典部シリーズ”についてネタバレ考察・あらすじ・まとめ

こんばんわ。

今日はまだアニメ化されていない古典部シリーズ第5弾”ふたりの距離の概算”のエピソードのあらすじ・考察なんかを書いていこうと思います。

いやしかしこんなに長くなるとは思わなかったなぁ。その1その2が長くてしんどかったので、今日は第5弾のみ書いてみようと思います。

なんかもう意地みたいになってきた考察ブログだけど、誰が読んでいるんだろうか。誰か読んでいるんだろうか。

まぁ人間の欲望は本当に複雑で高次的だから、こんなニッチなブログでもそこそこPVがあって驚く。

最近の自分は、なんだかとても自由に色々な活動をしている反面、すごくニートと隣り合わせな気がしてきた。

いや、むしろ子育てしてるだけで自分はニートなんじゃないかと思うようになってきた。

わたし、自分が大丈夫か気になります。

『〈古典部〉シリーズ』(こてんぶシリーズ)は、米澤穂信の推理小説のシリーズ。KADOKAWA(角川書店ブランド)より2001年10月から刊行されている。

Wikipediaより
京都アニメーションより

古典部シリーズ第5弾”ふたりの距離の概算”のエピソード・あらすじ

古典部全員が2年生に進級してからの5月、神山高校の名物マラソン大会、通称”星ヶ谷杯”が開催された。

しかしその前日古典部では、新1年生の新入部員・大日向友子が入部を辞退するという案件が持ち上がっていた。

その原因としては部室でのえるとのやりとりがきっかけにあるようだったが、誰も確信を突くような答えを出せないでいた。

困惑するえるを見て、大日向と向き合う決心をした奉太郎はマラソンを走りながらこれまでの大日向の心境の変化の理由を熟考する。

古典部メンバーに意見を聞きながら、1つの推理に辿り着いた奉太郎は、大日向の抱えている問題に触れることになる。

それじゃ今日は”ふたりの距離の概算”ですね。

古典部シリーズ第5弾は、古典部の4人が高校2年生になってからのお話です。

古典部内の具体的な変化と言えば、奉太郎がえるへの思いに気付いて、里志と伊原がやっと付き合うようになったことでしょう。

こんなふうにみんなの距離感がちょっとづつ変わってきていることを奉太郎が確認していくのが”ふたりの距離の概算”のテーマなのかも。

(マラソン中にみんなとの実際の距離を概算するのでダブルミーミングだね今回も)

そして今回のお話の中心人物が、古典部に仮入部した1年生の新キャラクター”大日向友子”です。

この大日向ちゃんが誰にも理由を明かさずに「大日向、古典部やめるってよ」状態になってしまい、奉太郎がマラソン中に情報を集めながら推理するというお話。

少年エースより

入部受付はこちら

少年エースより

〜回想〜

新入生勧誘週間の最終日。

校舎前の前庭で割り振られたテーブルで勧誘活動を始める奉太郎とえるの2人。

しかし古典部のテーブル周辺は閑散としていた。

無為に時間を過ごす2人は製菓研の勧誘に目を止める。

えるが製菓研のテーブルに置かれたカボチャを見て違和感を覚えたことから、奉太郎はその違和感の謎を推察する。

やがて2人の会話を立ち聞きしていた大日向も謎解きに加わり、製菓研の勧誘の謎を解き明かしていくことに。

〜現在〜

マラソンで伊原と合流することに成功した奉太郎。

伊原から大日向の発した言葉について確認する。

大日向が言ったのは「千反田先輩は菩薩みたいに見える」とのことだった。

奉太郎がマラソンの途中で最初に回想するのは新入生勧誘週間の時の話。

走りながらも伊原との距離を概算しながら振り返る”入部受付はこちら”では大日向との出会いを振り返ることになる。

雛祭りを経て奉太郎とえるの距離感も微妙に変わっている日常会話にも注目したい。

仲の良さそうな奉太郎とえるを見て、大日向は古典部への仮入部を決めたのだから。

(物理的にも密着した状態で勧誘をしている2人のことを読者は”概算”してしまうだろう)

ちなみに2年生になっても奉太郎の頭のキレは相変わらず。

製菓研のかぼちゃから始まった日常の不思議を、お料理研の食中毒騒動に見事繋げてみせた。

友達は祝われなきゃいけない

少年エースより

〜回想〜

姉・供恵により、リビングの蛍光灯の点灯に招き猫を用いるちょっと不思議な折木家。

誕生日に供恵から午後2時半まで留守番するように指示された奉太郎は、その時間まで家にいることにする。

するとなんと古典部の面々が誕生会を開くために家に遊びにやってきた。

誕生会では、雑談の流れで「誰も奉太郎の家まで来たことがないのにどうやって来られたのか?」という話に。

奉太郎は誕生会の間、リビングに置きっぱなしの招き猫を気にする。

この招き猫の存在は、何故奉太郎にとって不都合なのだろうか?

〜現在〜

マラソン中、里志と合流した奉太郎。

「外面(げめん)は菩薩の如くなら、内心は夜叉」と教えられる。

奉太郎の家に古典部のみんなが押しかける、なんだか学園ものチックな回の”友達は祝われなきゃいけない”。

この回想は走りながらも里志との合流までに思考する案件ですね。

探偵役の奉太郎が珍しく”秘密を隠す側”に回ることになるのだが、その理由はちょっと複雑。

要約すると・・

みんな初めて折木家に来た   → リビング散らかっている

みんなでリビングを片付ける  → えるは招き猫を片付けなかった

折木家では招き猫がリモコン  → 片付けなかったえるはそれを知っている

みんなが招き猫の用途に気付く → 「なんでえるはそれを知ってるの?」となる

えるは折木家に来たことがある → 「なんで2人ともそのことを黙ってたの?」となる

奉太郎とえるが言い訳をする  → 「もまいら付き合ってんじゃね?ワロス」となる

見事に他のみんなには招き猫のことを隠し通した奉太郎。

ともかく奉太郎とえるが2人で秘密を共有することになる、なんともあわ〜い回なのである。ハァハァ。

今回ちょちょっと考察している”ふたりの距離の概算”だが、先に述べたようにマラソンでの距離の問題に合わせて、古典部のメンバーたちの距離感の変化にも対応したタイトルになっている。

伊原と里志の関係については落ち着くところに落ち着いたのだとしても、では奉太郎とえるの関係性はどうなのだろう?

入部受付の時の2人の関係性(距離の概算)は”謎解きのパートナー”だった。

そしてこのお話の中での2人の関係性は”共犯者”と言っていい。

“ふたりの距離の概算”の中でこの2人の関係性はエピソードごとに明確に違っていて、それを読者に”概算”させていくのが作者の狙いなのでは、と感じる。

とても素敵なお店

京都アニメーションより

〜回想〜

古典部の4人は大日向の従兄がオープン予定の喫茶店のモニター役を引き受けることになった。

遅れてやってきたえるによって”現在は看板が掛けられていないこの喫茶店の名前は何なのか?”という謎が浮かんでくる。

店主からの少ないヒントを頼りに奉太郎達は喫茶店の名前当てを行うことになる。

〜現在〜

このときのことを走りながら思い出す奉太郎。

ここでの出来事が大きなヒントになり、大日向が古典部を去ることになった理由の推察が進む。

大日向の従兄が店主をしている喫茶店でのエピソード”とても素敵なお店”ですね。

里志によって語られた「水筒社事件」や、スコーンの注文内容などが細かくヒントとして明示されている。

さらにこの回想の後半で大日向がえるに「阿川を知っているか」と質問し、

えるが「1年A組の阿川佐知ですか」と答えたことに対しての大日向の露骨な反応。

それこそが「大日向、古典部やめるってよ」の重要なポイントになっていたのだった。

ちなみに回想の方の謎・喫茶店のお店の名前は”歩恋兎”で”ぶれんど”だった。

歩   → 店主の奥さん(恋人?)の名が「あゆみ」

恋   → 奥さん(恋人)へ向けた心。奉太郎は「連」の方に賭けた。

兎   → お店の仲の至る所に存在する”兎”は店主にとって特別なものなのだろう。

ということだった。たしか。

このお話での奉太郎・えるの関係性は”知と無知”の対極に位置する。

お店の店名の話題に含まれなかったえると、見事に推察して見せた奉太郎。

マスターのこだわりに気付けなかった奉太郎と、水質を敏感に察知しマスターを驚かせたえる。

最後に奉太郎が謎解きの一部始終を語り聞かせる(だろう)ように、2人の関係性は、お互いの不足を補い合うものなのだと示唆している。

(経営的戦略眼を奉太郎が修めると言ったように)

どうでもいいかもしれないが、奉太郎がお店に入った時にテーブルについて思ったセリフがなんか心に残っているので一応記しておく。

テーブルが丸いと、何もかもが端から落ちていくような気がする

離した方が楽

京都アニメーションより

〜現在〜

マラソンの後半。

奉太郎はバス停でえるが来るのを待ちながら、大日向にとっての古典部最後の日となった昨日の出来事を思い出すことにする。

〜回想〜

本を夢中で読んでいた奉太郎は、えるが発した「はい」という言葉で我に帰る。

しかし時すでに遅く、大日向が部室からいないことや、えるが不思議な動作をしていたことに気付くのみだった。

そしてその直後、伊原から大日向が入部しないと聞かされる。

〜現在〜

えると合流した奉太郎。

えるが昨日取った行動を読み解いた上で、えるの誤解を解くことに成功する。

その後、えるが大日向と最後に話すことになった”伊原が漫研を抜けた経緯の話”を聞くことになる。

“離した方が楽”の中で奉太郎は、大日向が古典部を去ってしまった昨日のことを回想します。

しかしもともと他人の言動に興味を示さない奉太郎は「大日向、古典部やめるってよ」の最重要ポイントになったであろう、

“えると大日向の会話”を完全に聞き逃していたことに気付きます。

それでも大日向のいつもとは違う言動には、奉太郎なりに思うところがありその考察に耽ります。

(部室に着く前に空き教室の桟にぶら下がっている大日向と出会い言葉を交わしたのは他の誰でもない奉太郎だった)

回想が終わった頃に、えると合流することに成功した奉太郎。

えるは「大日向、古典部やめるってよ」の原因は”えるが大日向の携帯電話を触ってしまったため”だと考えていた。

しかし奉太郎はその誤解を解き、携帯電話騒動の直前に大日向とえるが話した内容の方に真の理由があると考えた。

このエピソードの中の2人の関係は”探偵と容疑者”でしょうか。

限られた選択肢の中で、えるを疑わざるを得なくなった奉太郎。

しかし、だからこそ本作までの1年間の出来事が鮮明に思い出され、そしてその推察を奉太郎は否定する。

“探偵と容疑者”という距離感は、こうして概算してみると思った以上に密接なのかも。

これは自分の中でも新しい発見で、これからミステリーの読み方が変わってくるかもしれない。

ふたりの距離の概算

京都アニメーションより

える・里志・伊原からの情報を得て、大日向と過ごした出来事を回想した奉太郎は、1つの推論に辿り着くことになる。

そしてとうとう問題の中心である大日向と対峙することに。

マラソンコースの抜け道の道中、奉太郎はその推論を元にえるへの誤解の元凶、そして大日向の抱えた問題を照らし出す。

古典部のみんなの情報と自身の回想を重ねて奉太郎は推察を重ね、ついに結論を出すに至る。

20キロのマラソンも後半になり、大日向と合流するためにさらに減速(サボる)する奉太郎。

“ただ走るだけでは長すぎる”と始めて”人ひとりを理解するには充分な距離だろうか”と語られるマラソン「星ヶ谷杯」もいよいよ後半ラストスパート。

ここからは完全なるラストのネタバレです。あしからず。

ふたりの距離の概算・ネタバレ・結末について

京都アニメーションより

大日向は何か意見を言う時に「友達が言っていた」と付けて話すことが多かった。

考察する以前の奉太郎は「言いにくいことのオブラート」くらいにしか考えていなかった。

しかし、喫茶店でのスコーンの注文などから推察。

(友達はチーズが嫌いははずだったのに大日向はマスカルポーネを注文)

その「友達」が実在の人物であることに気付く。

さらにはその「友達」は大日向にとって周囲に知られたくない存在だったと奉太郎は考えた。

古典部に仮入部する中で、色々なシチュエーションで”えるの交友関係の広さ”を認識することになった大日向は「友達」の存在をえるが知っているのでは?と疑心暗鬼になってしまう。

(喫茶店での質問はえるの交友関係の広さを確認するためのもの)

大日向が古典部を退く決定打になったのは、昨日のえるとの会話。

伊原が人間関係の縺れから漫研を辞めたことを肯定するえるの言葉を「友達を見捨てたほうがいい」と曲解した大日向。

大日向の「友達」は、大日向と遊ぶ金欲しさにお金持ちである祖父から大金を騙し取っていた。

つまりは大日向は「友達」の罪や自分との関係を、えるに暴かれることを恐れていたのだった。

奉太郎は大日向のえるへの誤解を解くことに成功するが、大日向が抱える問題に関しては自らに出来ることは少ないと考え、解決には至らなかった。

最終的に大日向はえるに謝罪したが、古典部には入部しないことになった。

大日向と合流することに成功した奉太郎。

2人はショートカットを兼ねて裏路地に入り言葉を交わす。

道中、だんご屋に寄るなどして奉太郎は大日向に自身の推察の一部始終を聞かせる。

大日向は奉太郎の推理に驚き、自身の述懐を始める。

大日向のえるへの誤解を解くことに成功した奉太郎だったが、結局大日向は古典部には戻ってこなかった。

校外の問題にどこまで踏み込んでいいか計りかねたし、そもそも奉太郎自身の目的は”えるの誤解を解く”ことに重心があったと考えられ、それ以上の関わりを持つことはしなかった。

全てを話し終えた後、はるか後方になってしまった大日向との距離を気にしながらも”概算のしようもない”と自身の世界に戻っていく奉太郎。

まさに仕事人である。

だがもしかして、「余計なお世話だから関わらない方がいい」のではなく、

「外の問題は面倒だから関わりたくない」と思っているのではないか?

実際に何が出来るかどうかはともかく、心情において、

俺はいま大日向を見捨ててきたのではないか?

余談で蛇足かもだけど、大日向の「友達」の名前まで奉太郎は予測していた。

大日向がえるを意識するきっかけとなった「惣多」(卒アルを借りた)という人間の話と・・

大日向が「友達」を”その子”といった後に”あの子”と言い直した件などから推察。

大日向の友達の名前は「ソウダ ソノコ」なのではないか?と振り返っていた。

あんた怖すぎるよ。奉太郎さん。

人を軽視してきた奉太郎の後悔と、先に述べた”えるを救いたい”という思いの中で、孤独に謎に向き合った奉太郎のお話だった。

“連峰は晴れているか”で小木教師について調べた時のような奉太郎の心の優しさが垣間見れる作品。

その奉太郎の成長は確実に”ふたりの距離”を縮めつつある。

(とはいえ作者的にメインは”大日向と「友達」”の距離のことを指しているのだろうが)

俺は大日向が何に喜び何に傷ついてきたのか、ほとんど興味を持ってこなかった。

それは人を軽視したということだ。いまからでもその取り返しがつくだろうか。

“古典部シリーズ”ネタバレ考察その3・まとめのまとめ

はい。今日は、古典部シリーズ”ネタバレ考察その3ってことで書いてみました。

次の”いまさら翼といわれても”で最後か〜。なんだか感慨深いなぁ。

ちょっとさみしい気もするけれど、ここ数週間”古典部”のことばっかり考えてたからやっと終われる気もしている。

特にこのブログに意味があるかはわからないけど、世の中には意味があるものばかりではないということも僕は知っているのであまり気にしないでおく。

これから先も知っていることや楽しいまぼろしをだれかと交換しながら、たくさん話し合ったりして仲良くやっていこうと思う。

次は古典部シリーズ”ネタバレ考察その4でお会いしましょう。

今日はこんなところで。

京都アニメーションより

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