【前編】人々がお金にこだわる理由について

お金にこだわる人々・前編

こんばんわ。しがねえ旅がらすのイチローです。

最近Twitterのスペースを聞いたり、もくりで誰かの話を聞きながら作業するのが好きだ。

知っている人たちの会話は刺激をもらえるし、今回の記事のテーマもそういった場所から着想を得た。着想を得たって一度言ってみたかった。言いたかっただけだ。

最近はみんな経済の話に敏感な気がする。ブロガーは意識の高い人が多い。えらい。すごい。

リアルでは仮想通貨やNFTはおろか、投信やNISA口座の話すら通じないことも多いのに。

ブログを書くという行為は、未来に目を凝らしている人たちの尊い行いであるのかもしれない。

そんなわけで今日はただの日記です。ここ数年思っていること。考えていたこと。

資本主義という幻想

俺たちの生活が息苦しいのはきっと、マスクだけのせいじゃない。

社会生活の基本原則は、働かざるもの食うべからず。我々は納税の義務を知らぬ間に背負わされる。

つまりは単純に食うのみならず、息を吸うにも金がかかる世界で生かされているということで。

資本主義の先にはもっと大きな資本主義があってその資本主義すらもさらに大きな資本主義の掌の上だったりする。

ぬくもりみたいなものの定義は人によって違うし、そもそも制度や主義に人間味を求める自分が間違っているのかもしれない。

あたりを見渡してみると、自分の欲望のちっぽけさに虚しくなることがある。意味を求めた先に待っているものは温かい光であってほしいだけなのに。

あぁ、資本主義ってやつは。ほんともう。

お金を信じるということ

資本主義の考えを支えているのは、お金の絶対価値を信じて、未来に投資している人々だろう。

どのような幻想も支えている人間の数でその強度が決まる。みんなが価値を信じることで、お金に価値が生まれる。

つまり金の力で動く人間というのは、金の力を信じている人間のみで、それはインディアンを金銭で買収することが不可能だったことからもわかる。

人間はおよそ1万年ほど前から徐々に農業中心の生活へと移行していき、やがて余った麦を有効に活用するため経済中心の生活をするようになった。

人類誕生の歴史からすればつい最近のことだが、なぜ人はここまで一生懸命にお金を集めるようになったのだろうか。

俺もこのままどんどん俗になっていって、40代から合コンやら街コンに目覚めてしまうかもしれない。

そのくらいとてつもない速度で経済は進化してきている。愛の不時着待ったなし。俺くらいアナログな人間は頭の中に消しゴムがあるくらいでちょうどいいのかもしれない。

お金という虚無

お金の保存性の高さはすごい。概念と化した金銭は、朽ちることがなくなった。

お金の互換性の高さはすごい。ほとんど全てのものと、即座に交換することができる。驚異的な交換能力である。

さっきも書いたようにお金の価値の裏付けは、大多数の人間からの信用であり、そこに物理的な価値はない。

ニクソンショック以前の金本位制だったころのお金には、貴金属としての価値が必要だった。

貴金属としての価値を必要としなくなったお金は、腐ることも朽ちることもなくなってしまった。仮想通貨の登場は現代人の価値観の裏付けとも取れる。

資本主義の幻想が終わるまで、これらの価値というものは続いていく。信用を信用するのだ。念じながら飲む眠眠打破よろしく。別にレッドブルでもモンスタードリンクでもなんでもいいのだけれど。

このような状況の中で、人間たちがお金を集めたがるのも無理はない。みんな不安に備えようと、それぞれのタンスや口座にお金が増えていく。

しかしここ数年、世界中でお金の流れが大きく変わる事態が起こっている。コロナバブルと呼ばれるものだ。

薄まりゆく貨幣価値

新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、各国政府は大規模な金融緩和を行った。単純な話めちゃくちゃ紙幣を刷りまくって、かつてないほど現金を市場に供給しまくった。

このような異常な状態に伴って、日経平均・アメリカのダウ平均も史上最高値を更新。ビットコインやイーサリアムだって上がりに上がった。

これらの現象をバブルと表現するのは色々な人に誤解を与えてしまう気がする。株価や仮想通貨の価値が上がったわけじゃなく、相対的に見て貨幣の価値が下がっただけとも考えられる。

それに世界の経済指数が上向いているからと言って、俺たちの給料や待遇が具体的によくなったわけでもない。

仮に貨幣価値が下がっているとするならば、若い世代であればあるほど大きなインフレリスクが懸念される。

タンスや口座の預金はノーガードで雨風に晒されているし、同じ理屈で満期までどうにもできない生命保険だって危機的な状況にある。そこまで説明してくれる保険のばっちゃは全国にどのくらいるだろうか。

これらは不動産価格の上昇と共に注意深く観察していきたいし、今日の俺はイタコにでもなったかのごとく資本やら経済って言葉を繰り返している。そろそろ恐山に帰らなくてはならない。

お金にこだわる人々・前編まとめ

先行きは不透明だ。パンデミックのあるなしに関わらず、未来を予測することは難しい。

とやかく言っていても、世界で起こっている対立する主張同士の争いを見ていると、資本主義的な考え方の自由を自身でも甘受していることに気付かされる。

資本主義が生み出す自由を否定せずに、かつ経済危機で潰されない柔軟な生き方を目指さなくてはならない。金などに殺されてたまるか。

バックアップは必要だ。貯金にも、保険にも、パソコンにも。

大学も出ていない俺は、教育なんてものについてなんにもわかってないけど、これまでの日本の危機を肌で感じてきて個人個人の知性やら知恵が重要になってきていることはなんとなく感じている。この状況では何かに資産を全ベットする方法はあまりにもリスクが高い。

意味や有益性が全てではないし、人生の状況によって優先順位だって違うと思うけど、とにかく行動が変わらないと不毛だ。人間は情報を入れるだけの容れ物ではない。ワシはHDDか。せめてSSDにしてほしい。

それに社会はみんなのアウトプットによって作られているものだから、知識は溜めることよりも吐き出すことの方が誰かのためになると思える。

そんなことをぼんやり考えている。今日はもう寝ます。読んでもらってありがとうございました。

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