お団子パッツンの話

昔の知り合いについて書くことは、なんだかとても難しいことのように思える。記憶の中では、誰しもが若いままだから。俺は座っているだけで足がつってしまう年齢になったというのに。

最近書くべきことがまったく浮かばないので、今日は自分の昔の話をでもしてみようと思う。初めて付き合った女の子の話とかを。誰かの目に触れることを考えられていない、ただの日記。これはただの日記だ。

なんだか、この世界はロマンチックが少なすぎるし、たまには昔の恋を思い出してみるのもいいかもしれない。死んでしまった感情が息を吹き返すかもしれない。閉じきった扉が開いて、新しいアイデアが浮かぶかもしれない。

だから今日は天井を眺めながら、笑う彼女を思い出してみる。

これから書く出来事で教訓めいたことがあるとすれば、自分は自分の思い通りにはならないということくらいだろうか。

懸命に生きているつもりでも、人生のあるポイントにおいては、選択の自由などあってないようなものだからだ。

※これは彼女と再会した2021年の10月に書き始めて、どこにも行けなくなった文章の集合体である※

自分のこと

学生時代。自分には、何かがあるような気がしていた。というより、何か特別なものがあって欲しいと、そう願っていた。文章を書いたり、歌ったりしながら、生きてはいけないものかと。いつも夢想していた。

一生懸命なのはアルバイトとバンド活動くらいで、教室の隅っこでずっとヘッドフォンをつけているようなネクラだった。こだわりがあるようで、その実ほとんどなにも持ち合わせず、教室の机で目を塞いだ。

自分の中の正しさとか、弱さとかと、まだ全然折り合いがついていなくて、なんだか毎日息苦しかった。教えられることは全部、無理やりどこかで線を引いたものに見えて、その引いた線のどちら側にも自分の居場所がなかった。

女の子たちはみんな、人工的な甘ったるい匂いがして、脳がハチミツに浸かっているように見えた。恋だの愛だの、もうウンザリで。幼馴染のメグちゃんがアイツと付き合いだしたのも、もうウンザリで。

さびしいのに、鬱陶しくて、生きている限り、こんな矛盾した場所からは逃れられない気がしていた。

いまこうして思い出してみると、なかなかに扱いづらいニンゲンだったことに気付かされる。ずっと友達をやってくれている人たちからよく「めんどくさい奴」という言葉をかけられたりもした。

本当に、その通りだなと思う。

出会い

彼女は吹奏楽部で、俺は不登校気味の帰宅部。ふたりは高校一年生当時、別々のクラスに在籍していた。

昼休みの音楽室で彼女に出会った。なんというか、彼女の見せる笑顔に心の紐が解けたっていうか、屈託なく笑って人との壁を壊してしまうような。そんな人だった。

この時の経験は、自分にとってすごく忘れられない出来事で。人間って不公平で、すごく理不尽にできているんだなって。そう考えるようになった。好きになる相手なんて、ほとんど自分で選びようがなくて、あっという間に脳がハチミツに塗れた。

当時、普通じゃない自分を一生懸命探していた自分にとって、彼女の放つ特別な空気は中毒的な魅力を持っていたことを思い出す。

彼女はHawaiian6とラットフィンクスが好きで、いつもバニラの匂いをさせていた。昼には決まって紅茶花伝のミルクティーを飲んでいて、そのどれもが、いちいち自分を刺激した。

困るほどの美人ってわけでもないけど、表情に愛嬌があって。可愛くって。お団子でパッツンで。一年中鼻にかかる声をしていて。

闇に浮かぶと幽霊かと思うくらい、真っ白い肌をしていた。

付き合って

彼女との共通の話題は主に当時流行っていた音楽のこととか、自分がやっていたバンドのこと。

高校生になってから根暗なりにもバンドでライブハウスデビューをかましていたので、その辺が彼女の興味を引いたらしかった。

自分で作った曲やら歌詞を褒められると、その言葉で耳が溶けた。話しかけられると、彼女と同じ空気を吸っているのだと、気持ちの悪いことを考えた。

緊張しすぎて、世界の全部がどーでもよくなるという経験をたくさんした。

音楽室で甘い声でせがまれて、ギターを教えたり。夏の日に焼かれたアスファルトが黒点でまだらに染まっていくのを、ふたりでぼんやりと眺めたり。クリスマスに、学校に忍び込んで校庭でキスをしたり。

いつも不安定でケンカばかりだったけど、バラバラになりそうなふたりは、それ故にけっこう優しかった。

いつもふたりは、思春期ならではの思念とか葛藤を、お互いなるべく言葉にしようと努力していたように思う。

別れて

高校生活の大半をその子と過ごしたわけだけど、卒業後にあっさり別れてしまった。理由はなんだっただろうか。よく思い出せない。たぶん、その程度の理由だったんだと思う。

加えて、思春期の性との実際の遭遇はとても強く人間を縛る。自分に対して自覚的になれるような人間は果たして存在するだろうか。

それでもカップルとして体験するほとんどのことを彼女と一緒に経験したもんだから、振り返ってみれば心の中には彼女のために手付かずで残っている感情がたくさんあった。

一歩一歩、歩くようにこの文章を書いているけど。足の出し方を間違ったら、次の瞬間に奈落の底に落ちてしまうような。もう二度と思い出せないような。突然消えてなくなってしまうような。そんな気がしてて。

彼女は保育士になった。俺は東京でバンドマンになった。ふたりの間には遠距離恋愛が始まった春以来、大きな桜の木が根を張ってしまった。もう声も姿もよくわからない。

さみしかったけど、東京に出れば、何か大切なことがわかる気がしていた。

何かになりたかった。何かなれば、自分は生きていけると。そうすれば、自分を保って生きていけると。そう考えていた。

結果的にはあらゆることがよくわからなかったし、都会には無いものが多いことを知ったのだけれど。

その後

たくさんの嘘にまみれた言葉を俺たちは交わしたけど、遠くなってしまえばすごくきれいに見える。いまさらこんな話を書いてどうなるものかと。それをどうこうしようとも思わないわけで。

でも、ある仕事で偶然客席にいた彼女が俺を見つけて、変わらない人懐っこさで話しかけてきて。

そこからたまに飲んだりするような関係性になった。10年以上会わなかった間に、お互い子どもがふたりできていて、彼女は離婚歴があった。

彼女は付き合っていた期間のことを「わりと幸せだった」と言う。

おぼろげな記憶を辿っても、ここに書いた以上のことはほとんど何も覚えてない。

彼女は、思春期の頃の俺がどうにかなりそうになる度に、何度も干渉し、何度も手を伸ばしてくれた。自分はほんの少しでも、それを返すことができていただろうか。

真剣に何かを語る彼女の横顔が、うっすらと浮かぶ。なんだか少しさびしそうにも見える。

もう、あまりなにも思い出せない。あんなに何かを思っていたのに。もう、ほとんど何も感じないのだ。

まとめ

彼女が幸せだったと言うなら、それでいいかなと思った。今ではもう、お団子でもパッツンでもなかったけれど、彼女は変わらず可愛かった。

本当のさよならなんて、自分は誰ともしたくないと思っている。「臆病だ」と笑われるだろうか。

最後の言葉は「またいつか」でいいかなと思う。許してくれるだろうか。

こんな風にいろいろな苦しみやしがらみを忘れて「またギター教えてよ」なんて言って、みんなと再会できたらいい。

生きていると、いつか必ずどうしようもないことが起こってしまうから。これくらいの綺麗事で終わっておきたい。

そう言いながら、なんでだろうか。たまらなくなる。時々。

音のない、冷えた廊下に。まだ自分はいるのだろうか。そういう場所に。何かを置いてきてしまったのだろうか。

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