【IPO株】働かないで生きるシリーズ3【ただの日記】

最近ヘビーな調べ物が続いたせいか、精神が荒んでる。

こういう時は発信自体も引きずられてダウナー気味になっていることが多い。

なんかすみませんって感じ。

生まれ変わったらもっと可愛いワンちゃんの動画とか載せてみんなに癒しを振りまく存在になれればと思います。

豆柴飼いたい

すごく当たり前の事だけど、Web検索って自分の希望した思考を強化する言語が出てくる。

例えば僕が人生に絶望して「人生 絶望」ってGoogleで調べると、人生に対して悲観的な言葉の羅列が続けて表示される。

逆に僕が人生をすごく謳歌していて「人生 アゲアゲ」ってYahoo!で検索すると、その思考を補強させる前向きな記事が飛び込んでくる。

よくも悪くもWeb検索は「自分の求めている傾向のもの」が表示される精神の鏡みたいな存在だと思う。

でもこれは実生活の人間関係とかにも当てはまったりすることに最近気がついた。

悲観的に生きてると、悲観的なカルチャーの物を好んで観たり聴いたり読んだりするようになる。

日常に目にするニュースなんかも悲観的な側面から影響を受ける様になって、周囲にも同じ様な思考回路の人が集まる様になる。

「類友」ってこういうことだと思っていて、無意識に自分の考えとかイデオロギーを補強させる様に生活していた結果が人間関係に現れたものだと考える。

ポジティブな人に関しては全部この逆のことが言えると思うけれど、今の社会は「強迫観念的にポジティブ」に生きている人が割と多いと思うのでこの辺のことに関しては考察の余地がありそうだ。

ドラえもんより

それよりもこの「無意識での自己補強」はまさに全世界で起こっている人種差別の根幹であると思っていて、差別的な精神で暮らしているとその考えを無意識に補強しながら生活してしまう。

人間は差別を正当化する理由をどうにかして見つけようと生活するし、都合のいいニュースに目を光らせて、都合のいい様に解釈をする。

その生活の中で起こる少なくない例外はただ通り過ぎていく。

Web検索のまだ救いがある点は検索結果を「自分が求めているもの」だと認識できることだ。

「自分が求めているもの」とは誰も意識もしないで差別は続き、補強されていく。

これは何も人種差別に限った話でもなくて、自分が「嫌いな人間」に行っている無意識下での行動だとも言える。

ここまで書いてみても目新しいことは何も言えてないし、読んでる人が考えてくれるキッカケにさえなってくれれば正しさなんかもどうでも良いかなと毎回書いていて思う。

誤解なく全員に届くなんて思ってないけれど、それでもいつも読んでくれてありがとうって感じ。

さて今日は何を書こうかな。

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