【怠惰な人生】働かないで生きるシリーズ1【ただの日記】

働かないで生きる

「働かないで暮らしたい」

学校や親との面談、進路相談や友人との将来の話において一貫してそう主張し続けてきた。

その考えは社会人になって所帯を持って、さらには父親になってからも変わることはなかった。

「遊んで暮らしたい」

教師や周囲の大多数の大人、疎遠になってしまった友人たちにとっては「怠け者」「ダメ人間」の括りに入ってしまっているであろうことは現在の生活において全く問題になっていないが、

改めて当時のことを振り返ってみると明らかに自分の説明が不足していたと感じるし、煙たがっていた周囲の助言は、だらしのない自分自身のことをなんとかして救い出そうとしてくれていた優しさだったのだろうと今では思える。

今回から新しく書こうとしている「働かないで生きるシリーズ」はそんな怠惰な青春時代を送った自分が、どうやったら社会で生きていけるのか?を考えてみるシリーズ。

(にしたいと思っているけど書いているうちに脱線しそう)

文章を書いていて、自分の書いてみたい内容がコッチ方面だったのと30も半ばになるし、半生を振り返ってみるのも悪くない。(気がする)

単純にただ振り返ってみただけじゃ新しいものは何も生まれないし、はイチローは今でも一貫して「働かないで暮らしたい」と思っているので、どうしたら労働の枠組みから離れたところで生きていけるのか考えてみるって感じのコーナーにしたい。

方法や文章は頭の中にぐるぐる渦巻いているので、シリーズとしてどのくらい続くかは分からないが今日1日で終わりそうにないので、第1回とする。

今の仕事・業界の高齢化・夜も現役の職人じいちゃん

今現在、イチローはPAという仕事をしている。以前も書いたけど。

いわゆる舞台音響だったり、ライブ音響だったり拡声に関する業務全般を請け負う。

この仕事に就いたキッカケもやはり「働きたくない」というところから始まっている。

学生時代、就職したくない一心で高校を卒業後すぐに上京。

友達や先輩とバンドを組んで活動を始めるが、バンドの活動にもお金がかかる。

でも働きたくない。どうする?

って感じで自分が出演していたライブハウスや使っていたスタジオなどでアルバイトを始める。(歌の練習がタダでできるので並行してカラオケ店でも働き出した)

ライブハウスとかスタジオとかカラオケ店は、屋根のある空間で寝ることが出来るので当時の彼女に家を追い出された時とかも本当に助かったし、人生において影響を与えてくれる友達にもたくさん出会えた。

このような流れで現在の業界に足を踏み入れることになったのだが、現在の会社に入るまでこの業界の詳しい構造はあまり理解しておらず、

ステージでイベントを行うには「音響」「照明」の他に「道具」とか「舞台監督」といったスタッフが必要なのも知らなかった。

道具・舞台スタッフの高齢化は他の一般的な業種よりも進んでいてその辺を危惧している人たちも非常に多いけれど、僕はむしろ逆の考え方を持っている。

入社したてで右も左もわからずに舞台袖で突っ立っていた僕に道具方の職人じいちゃんが話しかけてきた。

(いきなり)

職人じいちゃん「おう、お前新人?女いるの?」

僕「あ・・はぁ」

(聞いてもいないのに)

職人じいちゃん「俺はなぁ・・夜の方も現役よ」

僕「すごいっすね・・・」


写真はイメージです

彼は当時すでに定年に差し掛かるくらいの年齢だったと思うが、今でもたまに現場で見かけると楽しそうに金槌で釘を打っている。

他の業界でもこの職人じいちゃんのような働き方・生き方が出来るのであれば、年金問題などもそれほど重要でなくなるかもしれないし、

目指すべきは経済成長ではなく国民の多様化する幸せの方だと感じる政治家も今以上に出てきてくれるかもしれない。

過度な経済成長を目指さなければ少子化も必要以上に問題にならないわけで、暗に女性たちに出産を促すような品の悪い少子化対策なんかも無くなってくれるかもしれない。

労働圧力も下がって無理くり物を売る必要も無くなってブラック企業だって少なくなるかもしれない。

ちょっと考えるだけでたくさんのメリットがあるこの職人じいちゃん働き方に、これからも注目していきたい。

働かない目的を明確にする・当時の反省

こうやって考えてみると、実のところイチローはなかなか働き者だったことに気付く。

金欠の時は短期のアルバイトを掛け持って税金や家賃を払っていたし、現在だって会社員をしながら子育てや様々な遊びを並行して行なっている。

学生当時、進路相談で言った「働かないで暮らしたい」というセリフは、労働の拒絶として聞いた人には響いてしまっただろう。

でもわたしは働くことを拒絶していたのではなく、本気で遊びたかっただけなのだと今なら言える。(明日死ぬかもしれないと本気で思っていたし、今も近いことを思っている)

その気付きは東京でやっていたアルバイトのどれもが、遊びの範疇にあったことに由来する。

ライブハウスで遊んで、スタジオで遊んで、カラオケ店で遊んでた。(遊ぶ=働くの成立)

今の仕事だって、現場で重たいスピーカーを運んで積み上げるのはなかなかの重労働だし、打ち合わせや大人の事情など様々なシガラミはあるけれど、

でかい音で自分の好きな音楽を出してる瞬間や友達と一緒にイベントを作っている感覚の時なんかは、全く仕事って感じがしない。

最近よく聞く「生きることが苦しい」っていう人の考え方は、

「お金がないから働かなきゃいけない」になってしまっている事が多いように思う。

お金をもらうための多くの犠牲は今の社会において「自分が生きていていい証明」になってしまっている。

さらに言えば自分自身を許すことが出来ない人にとってお金は、自分を許して認めてくれる手っ取り早い存在になっている。

こういう考え方の人に「ぶっちゃけ、本気で遊ぶと意外とお金ってもらえるんですよ」って言っても信じてもらえない。

なぜならお金の獲得には犠牲や苦労が伴わなければならないと決めつけているから。

そういうわけなので「自分の証明」の為に金銭を使用している人にはこのシリーズは何の役にも立たなそう。

あしからず。

まとめ・怠惰な人生について

旅人が町外れで3人の働く男に出会った。

旅人は尋ねる。

旅人「みなさん何をしているのですか?」

A「見れば分かるだろ、レンガを積んでいるんだ」

B「これを仕事にして生計を立てているんだ」

C「歴史に残る偉大な建造物を作っているところなんだよ」


イソップ寓話

色々書いてしまったけど、結局仕事は同じ作業・時間をかけていても個人個人の感じ方で苦行にもなるし生きがいにもなると感じている。

このお話に出てくるCや僕の出会った職人じいちゃんのような働き方が出来て、楽しんで仕事と付き合えるのであれば定年退職なんて制度は全く必要ない。

体が動いてチンコが勃つ限り、永遠に夜だって現役だ。

逆に好きでもない作業を延々とやらされていたり、退屈な話(イングウェイのギターソロのような)を長々と聞かなくてはならないような仕事をしている人にとって、退職後の年金生活は希望の光のように映るのかもしれない。

そんな人たちにとっては老後2000万円問題は、まさに国から見放されたような衝撃だったのだろう。

この「働かないで生きるシリーズ」では今日書いた職人じいちゃんのように、遊びを生活に落とし込み、あわよくば金銭を得ることができる方法を考えていこうと思っています。

自分でも考えるし、みんなと一緒に考えたいと思っています。

ここはそういうコーナーにしたいの。そういうコーナーにするの。

資本主義社会の中での、さっき言ったようなみんなが感じている生きづらさっていうのは、

精神的呪縛としてよく例えられる。

あるゾウは力の弱い子供のうちから鎖をかけられて育てられた。

成長して大人になったゾウ。

かけられた鎖など難なく引きちぎることが可能な力が身についているにも関わらず、

ゾウは鎖から逃れようとはしない。

なぜなら「鎖から逃れられなかった非力な時代」の固定観念から、

この鎖は「絶対に自分の力では引きちぎれないもの」と思い込んでいるから。

この日記が1つでも多くの固定観念を壊すことができればと思う。

社会で認められなくたって、お金が無くたって、人はそこにただただ存在していい。

自分や他人を犠牲にしなくたってお金をもらえる手段はいくらでも存在するし、必要以上に社会に縛られる必要なんてないと考える。

ただそのためには「本気で・正しく・真面目に遊ぶ」ことが重要になる。

「真剣にやれよ!仕事じゃねぇんだぞ!」

タモリより

「明日死ぬかも」なんて思っていた自分の学生時代はちょっと極端だったと思うけれど、

夢の年金生活は誰にでもやってくるものではない事は肝に命じておくべきだろう。

来月死んでいいように。

150歳まで生きてもいいように。

たとえ肉体を離れたとしても、目を瞑れば職人じいちゃんが腰道具をつけて釘を打つ姿が見える。

僕らの住んでいる国は国民を幸せにすることよりも、GDPに夢中みたいだ。

一人一人が賢くならなきゃならないと感じる。

フォースと共にあらんことを。

(スターウォーズのことは全くわからない)

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